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6知らないことだらけだ
平太くんが頷いた少し後、お母さんも帰ってきて、お母さんも状況を知ると平太くんを歓迎してくれた。だからその日は、いつも以上に賑やかな晩ご飯になった。
平太くんも、あの寂しげな笑顔は何だったのかと思うくらい楽しそうだった。だけどすごく礼儀正しくて、平太くんはさすがだなと思った。
「ごちそうさまでした」
僕は最後に手を合わせると、平太くんに笑顔を向けた。
「平太くん、また料理教えてね。それで、また一緒にご飯食べよう!」
「そうね。いつでも歓迎してるから」お母さんはその後、少し悪戯っぽく笑った。「晩ご飯が作る手間、省けて嬉しいし」
お父さんはそれを聞いて「さすがお母さんだなぁ」とけらけら笑った。
「あら? お父さんだって料理できるんだから、お父さんが夕飯作ってくれてもいいのよ?」
「いや、それは……明塚くん、いつでもうちに来てね、何なら毎日でもいいから」
平太くんは少し困ったように「ありがとうございます」と笑うと、立ち上がった。
「すみません夕飯までご馳走になっちゃって。じゃあ俺は、これで失礼します」
平太くんがお辞儀をすると、「いいのよ」とお母さんは笑った。
「夕飯って言っても、私の買ってきたお惣菜と作ってくれたナポリタンだけなんだから。むしろ作ってくれてありがとうね」
「いえ、賑やかな夕飯、楽しかったです」
平太くんはそう言いながら、そのまま帰っていこうとした。
僕は玄関まで見送ろうと思ったが、ふと、あの平太くんの泣きそうな笑顔を思い出して、平太くんを家まで送ろうと思い直した。だから僕は慌てて「待って! 家まで送るよ!」と平太くんの背中を追いかけた。
「ありがとな、夕飯」
平太くんは追いかけてきた僕を驚いたように見ると、歩幅をさりげなく合わせて、僕にそう言った。
「んーん! 楽しかったから!」
へらっと笑うと、平太くんも「俺も楽しかった」とつられて笑った。だけどふと、またあの寂しそうな影が表情を横切った。
どうしたんだろう、と考えながら平太くんを見つめていると平太くんは「ん?」と不思議そうに僕を見つめ返した。いつも通りの平太くんだった。
だから僕は、直球に聞いた。
「ねえ平太くん、何でご飯食べてる時とかにたまに、泣きそうな笑顔を浮かべてたの?」
平太くんは虚をつかれたように黙り込んで、それからいつも通りに笑って首を傾げた。
「泣きそうな笑顔? 俺そんな顔してた?」
「うん、してた。どうしたの? 何か悩み事でもあるの?」
「そんなんねえよ。多分和泉の勘違いじゃ――」
それを聞いて、ああ僕の勘違いか、と納得しかけたが、いや、と平太くんは途中で自分の言葉を否定した。
「駄目だな。これじゃ兄貴と一緒だ」
兄貴と一緒、って何だろう、そう考えていると、平太くんはふと、ぽつりと呟いた。
「俺の家庭環境、どんなものかは話しただろ? ……そんな家庭環境だから俺、親と一緒に囲む食卓なんて知らなかったんだ」
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