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7知らないことだらけだ

 僕は何も言えなくなった。口を開いたら何か無神経なことを言ってしまいそうで、そしたら平太くんが、せっかく開いてくれた心を閉じてしまいそうで。 「兄貴と一緒か、一人で食べる飯っていうのが当たり前だったから、別に寂しいって思ったことはなくて。あと、俺にとっては母親がいないのも、父親がたまにしか帰ってこなくて家では怒鳴り声しか上げないのも全部普通だったから、俺は恵まれてないとか不幸とか思ったことはなかった。むしろ、兄貴と一緒で楽しいし自由だから俺は幸せだ、とすら思ったことだってある」  想像がつかなかった。それくらい、僕の家とはかけ離れていた。 「だけどさぁ、今日、和泉の家で夕飯食べて、すげえびっくりして。母親ってあんなもんなんだ、とか、あんな優しい父親がいるんだ、とか、……家族って本当はこういうもんなんだ、って思ったらなんか、泣きたくなってさ。自分の家庭が歪んでることくらいとっくに分かってたはずなんだけど、改めて思い知らされたっていうか」  平太くんは一度深く息を吐くと、続けた。 「俺は何も失ってないと思ってた。俺は不幸じゃないと思ってた。だけどやっぱり……どんなに言い訳してもやっぱり、親がいないっていうのは不幸なんだなって思ってさ。何も失ってないんじゃなくて、元から『家族の幸せ』ってやつを持ってなかったんだなって……お父さんが死んだから、それはもう一生手に入らないんだなって」  平太くんはそう視線を下にやって呟くと、ふっと寂しげな笑顔を浮かべた。 「和泉、お前いいお父さんといいお母さん持ってるな。大事にしろよ」  僕は言葉に詰まった。どう言えば一番平太くんを傷付けないか、どう言えば平太くんを励ませるか、僕には分からなかった。考えても考えても、よく分からなかった。  だから僕は、悩んだ挙句、感じたままに話した。 「……でも僕には、お兄さんはいないよ。一人っ子だから。ましてや、弟のために親代わりになって面倒を見てくれるお兄さんも、一人で必死に弟を守ってくれるお兄さんもいないよ。……ううん、そんないいお兄さん、なかなかいるもんじゃない」  平太くんは、驚いたように瞬きをした。それから、泣き笑いのような表情になった。 「そっか。……俺には兄貴がいるんだな」  その後、震える息を長く吐いて、僕にこう言った。 「ありがとな、和泉。やっぱお前に色々話してよかった」  ――やっぱり僕は、知らないことだらけだ。平太くんにこんな家庭事情があったことも知らなかったし、いつも飄々としている平太くんがこんな切なげな顔をするなんてことも知らなかった。  知らないことだらけだし、察するのも苦手だし、上手いことを言うのも苦手だ。だけど平太くんは、そんな僕に「話してよかった」と言ってくれた。だから僕は、難しいことは考えずに思ったことを言えばいいんだろう。 「――うん! 僕、上手いことは言えないけど、いつでも相談にのるからね! あとあと、いつでも夕飯食べに来ていいよ!」

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