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2すれ違いは大きくなって

 何がいけなかったんだろう。  特に大きなきっかけがあった訳ではない。気付いたら平太はバイトを始めていて、気付いたら会わなくなっていった。だからこそ、分からないし怖い。分からないから苦しいし、もしかしたら平太は、という考えを否定し切ることも肯定し切ることもできない。  全く思い当たらない。だって櫻祭の頃は、自分で言うのも何だが、ラブラブだったはずだ。それがいつの間にか疎遠に――付き合う前より疎遠になってしまっていた。  でも、疎遠になってしまった理由が俺じゃなくて平太にあったならどうだろう。  俺が何かしたから疎遠になったのではなく、やむを得ない理由があったかもしくは――会長と何かあって急接近して、そっちに心が揺れかけている、とか。  正直、どの考えよりこれが一番信憑性が高い。これがもし本当なら、何もなかったのに気付けば疎遠になっている理由も、毎日『バイト』がある理由も、毎日会長と帰っている理由も、全て説明がつく。残酷なほど簡単で、そして綺麗に。  それが理解できてしまっているからこそ、平太のことを信じ切れないし、伊織の言葉を否定し切れない。  だから会って話したい。そしたらきっと、こんな考えなんて吹き飛ぶはずだ。平太に微笑まれながら『大丈夫です、俺が好きなのは真空さんただ一人ですから』と言われたら、今まで泣きながら一人で思い悩んだことも全て水に流して、安心できるはずだから。  会えていないからなのか、最近やたらと前こんなことを言われた、どこにデートに行った、ということばかり思い出してしまう。  あの時はこんなところへ行った、こんなことをした、そう思い出しては、苦しくなる。楽しかったはずの思い出が、今度は牙を剥いて襲いかかってくるのだ。  例えば、出会った日のこと。あの時は、確か俺が平太の目に一目惚れした。それから、こんな姿を誰かに見られるなんて一巻の終わりだという気持ちでいて、まさかこんな関係になるだなんて、夢にも思わなかった。  例えば、真空さんって呼ばせてくださいと言われた日のこと。あの時は、平太が初めて俺に独占欲を晒してくれた時で、『真空さん』と呼ばれるたびにしばらくにやけてしまっていた。  例えば、告白された日のこと。あの時は、俺がベッドに押し倒されて『真空さんじゃないと嫌なんです』と平太に言われたっけ。あの時の言葉は本当に嬉しくて、一字一句忘れずに覚えている。  例えば、お互いに大学生になったら同棲を考えてみようと言われた日のこと。あの時は、平太の家に泊まって食べた平太手作りの朝食が美味しかったのを覚えている。平太の家で同じ布団で寝ることも、朝食を一緒に食べられることも嬉しくて、何よりそんなことを言われたのが嬉しくて、その後何度も一緒に暮らす妄想までしてしまった。  例えば、遊園地に初デートに行った日のこと。あの時は、あんなかっこいい平太は初めて見て、始終ドキドキしっ放しだった。帰り際に、ペアネックレスをもらったことはきっと、ずっと忘れないだろう。  例えば、鎌倉に旅行に行った日のこと。あの時は、平太がどうしても行きたいと言って、平太の誕生日に鎌倉に行ったんだっけ。誕生日プレゼントの腕時計を海辺で渡した時に、真空さんが恋人でよかったと言われたのは、はっきりと覚えている。 『いつか別れる日が来るんじゃないか』と平太は言っていた。それはまるで今のことを予言しているようで、思い出すのはあまりにも辛い。あの時は確かに、想い合っていたはずなのに。  例えば、体育祭の日のこと。あの時は、借り物競走の時に平太にお姫様抱っこされたことが本当に恥ずかしかった。最後の選抜リレーの時、多くの声に混ざらずにはっきりと、平太の声だけが聞こえた気がして、それで頑張れて結果一位を獲得できた。  例えば、舞台祭の日のこと。あの時は、平太の演技が鳥肌が立つほどに上手くて、舞台上での平太は本当にかっこよかった。俺が台詞を忘れる失態を犯しても、平太は機転を利かせてフォローしてくれた。あの時俺は、惚れ直した。  例えば、文化祭の日のこと。あの時は、平太が王子様の衣装を着ていて俺が執事の衣装を着ていた。平太のその姿は息を呑むほどかっこよくて、今でも写真を見るだけで顔が熱くなってしまう。  思い出せば思い出すほど幸せな気持ちになって、平太のことが好きだと再確認する。それから、今との落差に落ち込んで苦しくなって、泣きたくなってしまう。  携帯の画像フォルダに入っている写真はどれも、楽しそうな二人が写っていて、それを見返すともう、堪えられなくなった。視界が滲んで歪む。  何がいけなかったんだろう。どうしてこうなってしまったんだろう。考えても答えなんて出るはずもないのに、何度もそんなことを考えてしまう。  一度涙が溢れると、もう止められなくなった。これじゃ勉強ができないから、と無理やり涙を止めようとしたが、無理だった。考えないようにすればするほど、かえって平太のことを考えてしまう。 「好きだよ平太……」  口にしたその言葉は、虚しく部屋の中を反響した。

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