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5すれ違いは大きくなって

「よし、大体の料理の作り方は教えたから、和泉だけで作ってみる?」  俺がそう言うと、和泉は「うへえ」と苦い顔になった。 「俺がいないと作れないんじゃ、できるようになったとは言わねえぞ?」 「そうなんだけどさぁ……まだ早いよ」  弱気な和泉に「ばーか」と俺は笑った。 「もう一ヶ月くらい経ってるだろ? そろそろ一人で作れないと」  和泉は渋々ながらも、「分かったよ」と頷いた。 「大丈夫、やばそうになったら俺が手伝うから。それに、一番最初に作り方教えたナポリタンだろ? いけるいける」  そう励ましたが、和泉は不安げな顔で「いけるかなぁ……」と呟くのみ。  和泉には感謝している。料理を教える代わりに、頻繁に夕飯を食べさせてもらっているから。和泉の父親と母親は、料理の手間が省けて嬉しい、と言ってくれるのだが、俺としては、少しでも食費を安く抑えられることが嬉しい。  切り詰められるところは、極力切り詰めなければいけないのだ。それは、兄貴は少し前から、最近売り上げが落ちてきたと言っていたのもある。千紘さんのため、あまりアフターをしない分、稼ぐのはやはり至難の技であるらしい。ここまで何とか稼げていたのはむしろ奇跡的だ、とすら言っていた。  売り上げが落ちてきたという話を聞いて、俺はもう一つのバイト先のコンビニの店長に、朝もシフトを入れてもらうよう頼み込んでいた。目標額に達しさえすれば、兄貴は無理をしてホストをしなくて済む。俺と兄貴で、生活費のみを稼ぐ分だけのバイトをすればいい。  だから少しでも早く、兄貴にホストをやめてもらえるように、俺が頑張らなきゃいけない。  和泉が危なっかしい手つきながらも野菜を切っていくのを見ながら、俺は携帯の電源を入れて何か連絡が来ていないか確認した。  驚くことに、バイト中の時間、真空さんからの不在着信が入っていた。真空さんからかけることは滅多にないのに、どうしたのだろうか。  そしてふと、しばらく真空さんと会っていないし連絡もとっていないことに気が付いた。それから、自分の余裕のなさに驚いた。  まだまだ頑張れる、そう思いながら今までずっとバイトをしてきた。だけど真空さんのことが意識から抜けてしまっている、なんて、本当は相当余裕がないんじゃないだろうか。 「なあ和泉、先輩から不在着信入ってたんだけどかけ直してくるわ」 「分かったー」  答えながらも、和泉は目の前のソーセージに集中して、俺の言葉が抜けてしまっているようだ。俺は苦笑しながら、キッチンから少し離れた廊下で真空さんにかけ直した。 「……もしもし、真空さん」  もしもし、という真空さんの声が聞こえた。その声を聞いて、ああずいぶん久しぶりだと改めて思った。 「どうしました? 携帯に不在着信が入っていたので。電話してくれた時間帯はバイト中だったので、バイト終わってからかけ直しました。それで、何の用ですか?」  そう問いかけると、どうしてか真空さんは口ごもった。待っていると、真空さんは『何で電話したのか、忘れた。すまん』と答えた。 「……そうなんですか?」  自分から電話をしない真空さんがわざわざ電話してくるくらいだ、何か用事があるに違いない、と思っていた俺は、拍子抜けした。 『ああ、すまんな』  真空さんはそう言って切ろうとした。釈然としないながらも電話を切ろうとしてふと、真空さんとはずいぶん関われていないことを思い出した。  真空さんにどうしてバイトをしているのか、訳を話したらきっと心配されて、俺が何とかすると言われてしまいそうだと思った。だからあえて、何も話さなかった。何とかできるだけの財力を持っているからこそ、余計。  だから、不安になったのかもしれない。そう思い至って俺は、こう尋ねた。 「最近、ちゃんと会って話せてないですよね。不安になりました?」 『な、んでそれを』  真空さんはそうどもった。思った通りで俺は思わず、「図星でしたか」と笑った。 「バイトが忙しくて、すみません。どうしてもバイトしなきゃいけなくて。でも真空さんに愛想を尽かした訳じゃありませんから。心配しないでください」 『……分かった。頑張れよ』  正直、ここまで放ったらかしにしていたらさすがの真空さんも気分が良くないだろう、と思っていたので、そう言ってくれたのは嬉しかった。だから「ありがとうございます」と俺は答えた。 「平太くーん! どうしよう焦げちゃった!」  不意に、和泉の声が聞こえた。「はあ?」と俺は呆れかえってしまった。どうしてこの短時間で失敗するのだろう。むしろ、なかなかできることじゃないと思う。 「ばっか、何でこの短時間で焦がすんだよ。ちょっと待ってろ、今キッチン行くから!」  和泉にそう声を張り上げると、俺は「すみません、切りますね」と電話が切った。  この時の俺は、あまりにも浅はかだった。今なら分かる。だけどその時はきっと、バイトのことで頭がいっぱいになってしまっていて、そんな当たり前のことにすら気付かなかった。

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