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7受験と仕事と卒業と

「平太、俺も相談したいことがあるんだがいいか?」  ほっと一息ついた後に真空さんはそう問いかけてきた。もちろん、と俺は首肯した。異を唱える訳がない。  真空さんは近くにあった自身のスクバを引き寄せ、中からファイルを取り出した。そこから出てきたのは、真空さんの進学先のホームページをプリントアウトしたもので……その文字を見て、俺は思わず真空さんの表情を窺った。彼は真剣な顔で頷く。 「交換……留学?」 「もちろん、入学してすぐって訳にはいかないから、するとしても二年か三年の時だろうな。必ず交換留学生に選ばれると決まった訳でもないし。まあ、もし無理だったら休学して自費で留学するが」 「留学……ってことは、大体一年くらい日本を離れる?」  俺の声は掠れていなかっただろうか。真空さんは、ああ、と肯定して話を続けた。 「元々、留学を視野に入れた上で大学を選んだんだ」 「……どうして?」 「今、うちの会社は海外進出を真剣に検討していてな。場合によっては主な事情を海外に移すことも考えている。だから、そうなった場合留学経験が役立つだろうと思って」 「……なるほど」  一、二年後の話とはいえ、正直一年も会えないのは耐えられる自信がない。だが……そんな話をされて、誰が引き止められるというのか。それに恐らく、真空さんの中で「留学」は決定事項だ。一、二年も前に伝えてくれただけありがたい。  彼の話は正直、俺のものとはスケールの違う相談で気が引けた。……本当に、この人の恋人が俺でいいんだろうか? 今更すぎる疑問が頭に浮かぶ。 「それでだ。その、前に平太が高校を卒業したら一緒に暮らそうって話をしてただろ? それを、俺が留学から帰ってきた後にしないか?」  真空さんの相談とはこれか。無論、反対する余地はないので頷いた。……素直な感想としては、かなり寂しく感じるが。 「留学が短期じゃないならそうすべきですよね。そうしましょうか」 「よかった」  真空さんは安心したようにミルクコーヒーを呷る。それからふと、小さく笑みを溢した。 「どうしました?」  尋ねるが、真空さんは「ええと……」と少し恥ずかしそうに口籠る。無言で促すと、彼ははにかむように囁いた。 「いや……当たり前に二年、三年後のことを話せるのが嬉しくて」  そんなことを言って顔を綻ばせる真空さんが可愛くて仕方がない。俺は自分のマグカップを机に置き、彼のものも奪い、唇を重ねた。甘味の強いコーヒーの味がする。 「んっ……」  舌を吸うと、真空さんは小さく声を漏らした。それに煽られて、角度を変えて、深さを変えて、何度もキスを重ねる。肩を押して、ソファに押し倒してからさらにもう一回。唇を離すと、俺の腕の中で彼は真っ赤な顔をしていた。 「い、いきなり……」 「だって、真空さんがそんな可愛いこと言うから」 「……っ」  にっこり笑うと、彼は俯いて口の中でもごもごと何事かを呟いた。ああもう、本当に可愛い。 「それにしても、真空さん」 「あっ……」 「この制服着るの、今日が最後なんですよね。何かもったいないなぁ。この制服似合ってるのに」 「ん……は、あぁ……」 「覚えてます? 初めて会った時、真空さんは屋上でオナってて、で、股間を踏んでくれって頼んできて……あの時は驚いたなぁ。そこから二年ですよ? まさか、あんな出会いからこんな未来が来るなんて――ねえ、聞いてます?」  そう問いかけてはみたものの、まともに聞いているはずがない。話しかけながら腹や腰、太ももに手を滑らせ、胸元を刺激しているのは他でもない俺なのだから。  真空さんは赤い顔で息を荒げながら、与えられる刺激に必死に耐えていた。ぽうっとした顔で俺を見上げる。 「は、え……? 何……?」  話に集中させなかったのは俺なのに、わざと低い声で「は?」と問い返した。真空さんは小さく震える。 「あ、ご、ごめんなさぃ……」 「ほんとですよ。せっかく俺が思い出話してたのに」  潤む彼の瞳と目が合う。既にスイッチが入って見える。本当、可愛くて仕方がない。俺のその瞳に浮かぶ期待に応えるべく、兆し始めた部分を片手で掴んだ。 「ねえ、ナニ勃たせてんですか、人が話してる最中に」 「ひん……っ」  真空さんは身体を震わせる。それと一緒に、俺の手の中にあるそれも震える。 「はぁ……ほんと、変態」 「ごめ、なさ……あぁんっ……!」  そこから手を離して起き上がり、そこを思い切り踏みつけた。出会ったあの日の再現のように。  まあ、あの日は加減が分からず、恐々と踏みつけていたんだけど。今となってはそれも懐かしい。  何度か弄ぶように踏みつけた後、思い切り踏みにじる。真空さんは身体を弓なりに反らした。 「ああぁぁ……っ!」  足の裏からもそこが熱を持って震えているのが分かる。それさえどうしようもないくらいに愛おしい。 「ね、真空さん。気持ち良いですか?」  声が欲に滲んでいるのが自分でも分かる。気持ちが逸って、心臓がどくどくと鳴っている。 「きもちいい、ですっ……」 「もっと踏んで欲しい?」 「あっ……、はい、もっとぉ……っ、踏んでください、ご主人様……っ!」  真空さんの目はとろんと蕩けている。普段は凛々しい目元が淫らな色に蕩けるのは、何度見ても飽きることなく俺を昂らせる。 「ふふ、よく言えました」  きちんと言えたご褒美に彼の好きな痛みを与えてやると、彼は媚びるような声を上げてビクビクと身体を震わせた。 「あ、あ、あぁぁんんっ――!」  一際大きく身体もそこも震わせて達した後、蕩けた顔で見上げる真空さんに一つキスを落とした。くすぐったそうに彼は笑う。  ああ可愛い、愛してる。心の中で呟いてから、俺は前を寛げて笑った。 「ほら、おいで。欲しいですよね?」  期待に満ちた目を向ける真空さんに頷く。すると彼は身体を起こし、俺の足の間に座ると、硬くなっている俺の陰茎に舌を這わせた。  ――もちろんそれだけで終わる訳はなく、この後すぐベッドに移動して、着衣セックスを心ゆくまで堪能した。 「コーヒー、もう冷たくなってるな……」  リビングに戻り、机の上に置き去りだったコーヒーを啜る。安物のインスタントコーヒーは、冷めると途端に飲めたものじゃなくなるから嫌だ。 「そりゃ、淹れてからあれだけ経てばな」  真空さんはそう苦笑する。と、同時に小さくお腹が鳴る音がした。見ると、真空さんは恥ずかしそうにお腹をさすっていた。 「……すまん、腹が減った」 「そういえば、昼飯まだでしたっけ」  時計を見上げると、昼というには少し遅い時間になっている。おやつの時間の方が近いくらいだ。 「うーん……何か軽く腹に入れますか。俺作りますね」  冷めて不味くなったコーヒーを無理やり全て流し込んでから、冷蔵庫の中を覗いた。 「今作れるとしたら……炒飯、焼きそば、ラーメン、あと……オムライスも作れるかな。どうします?」  振り向くと、後ろからついてきていた真空さんは目を輝かせて「オムライスが食べたい」とリクエストしてきた。また食べてしまいたくなるくらい可愛い。  その衝動をどうにかこうにかやり過ごして、軽くキスをするだけにとどめた。真空さんは少し顔を赤く染める。 「いいですよ。昨日炊きすぎて余ったご飯を使うから、あんまり美味しいものにはならないかもしれませんが」 「平太が作るものは何だって美味しいから大丈夫だ」 「……またそんな可愛いこと言って」  再びキスをしようとすると、不意に唇と唇の間に手を差し込まれた。 「止まらなくなるから駄目だ」 「駄目?」 「ああ」 「……どうしても?」  捨てられた子犬をイメージした表情を作ってみると、真空さんは目に見えて動揺し始めた。再び彼のお腹が小さく鳴る。  空腹とキスとの間で揺れ動く視線が何とも愛しくて、俺は声を上げて笑ってしまった。笑った俺にむっとした表情を向けるのも可愛い。 「あー……幸せだなぁ」  そう呟いたのは、どうやら彼に聞こえなかったみたいだ。「なんか言ったか?」という問いかけに俺はかぶりを振って、オムライスを作るべく材料を冷蔵庫から取り出し始めた。 ◆ ◆ ◆ fujossyには後書き機能がないのでこのような形で失礼します。 ものすごく更新が遅くなってしまい、大変申し訳ないです……。非常に難産でした。 本作ですが、ようやく完結までの目処が立ちました。 次話は一年〜二年飛ばして、真空の留学中からスタートする予定です。かなり前に伏線を張ったきり何も触れられていない「城之内賢」がメインの話となっています。 不穏なものを感じるかもしれませんが、必ずハッピーエンドになりますので安心していただければと思います。 ムーンライトノベルズで連載中の別作品を完結させ次第とりかかるので、早くても九月、遅くても今年中には連載開始します。もう少しだけお待ちください……。 ちなみに別作品はこちらです。読んでいただけると嬉しいです。 「絶対闇堕ちさせません!」 https://novel18.syosetu.com/n6836fr/

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