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2俺が全部悪いんだ

「お、おま、何で……」  突然の平太のそんな姿に、俺は驚いて、慌てることしかできなくなった。和泉もそれは同じで、口をぽかんと開けて平太を見ていた。  だって、平太が泣いているところなんて初めて見た。平太の涙なんて、それこそ舞台祭の時の演技でしか見たことがなかった。  平太は泣きながら、無言で携帯の電源を入れて先輩とのトーク画面を開き、無言でそれを俺たちに向けた。そこには、短いメッセージのやりとりが二つ、表示されていた。 『真空さん、別れましょう』 『分かった』  そこから先は、やりとりが途絶えてしまっている。そこに表示されている日にちはまさに、平太の様子がおかしくなる一日前のものだった。  ――平太が先輩と別れた。  どうして、いきなり。平太と先輩は、はたから見てもよく分かるほどのバカップルだった。いい加減にしてくれと言いたくなるような、それでいて何だか少し羨ましいような、絵に描いたような幸せな二人だった、はずだ。  理由を聞いていいのか、それとも聞かずにそっとしておいた方がいいのか、判断が付かずに黙っていると、和泉は何の躊躇いもなく問いかけた。 「何で? あんなに仲良かったのに、何でいきなり別れちゃったの?」  俺は、馬鹿、と横目で和泉をたしなめた。しかし和泉は、渉くんだって知りたいでしょ、と言わんばかりに俺を見つめ返した。 「……俺のせいなんだ。全部俺が悪いんだ」  目を伏せて、押し殺したように呟く平太。無言で次の言葉を待っていると、平太は震えた声でぽつぽつと話し出した。 「ずっと俺、バイトしてただろ? その間、真空さんのこと構えなくてさ。ずっと会わないし連絡しないしで、もう俺のことを好きじゃないんじゃないか、って真空さんに勘違いさせて傷付けてたみたいで。色々すれ違いとか勘違いとかが重なって、最終的に愛想尽かされちゃったんだと思う」  平太は言いながら、膝の上に置いた拳をきつく握りしめた。語尾が震えて消えた。  それは、平太は何も悪くない。そう思うのは、俺だけだろうか。  確かに、何も連絡をしなかったのが悪いといえば悪いかもしれない。だけどはたから見ていた俺からすれば、あの頃の平太は確実に、余裕がなかった。先輩に連絡云々どころじゃない、学校に毎日来ていたことすら褒められるくらい、余裕がなかったはずだ。  毎日四時間くらいしか寝てないと言っていて、確かにクマが消えなくて、学校に来たかと思うとすぐに爆睡し始めて。恋愛や友達付き合いが疎かになるなんてもんじゃない、自分自身を労わることすら疎かになっていた。  でも、だとしたら何が悪いんだろう。考えて俺は、何も悪くない、としか結論付けられなかった。平太は悪くないし、たぶん勘違いをしてしまった先輩も悪くない。 「……僕のせいも、あるのかな」  不意に和泉はそう呟いた。平太と俺が同時に和泉の顔を見ると、和泉は目を伏せた。 「僕さ、本当はずっと、気がかりだったんだよね。バイト先が平太くんと一緒だからって毎日一緒に帰って、それから夜は僕の家で料理教えてもらって、それから一緒に夕飯食べて。僕は嬉しかったけど、先輩は大丈夫なのかなって。僕が先輩だったら、やっぱりそれはちょっと嫌だなぁって思ってさ」  和泉がそんなことを考えていたなんて、思わなかった。それは平太も意外だったようで、「そんなこと……」と戸惑ったように呟いた。

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