231 / 373

3俺が全部悪いんだ

 確かに、和泉のことも先輩に勘違いさせる原因の一つだったんだろうとは思う。だけど、そのことで和泉が責任を感じるのは、違う。 「……ごめんね、僕、気付いてたなら平太くんに言えばよかったよね。平太くんは忙しくって余裕なかったんだから」  和泉は申し訳なさそうに俯いた。その声色があまりにも苦しそうで、俺は何も言えなかった。 「ちが……お前のせいなんかじゃ……全部俺のせいで……俺が、真空さんのこと……」 「悪くねーよ」  互いに自分を責める二人が見ていられなくて、気付けば、そう呟いていた。平太と和泉が同時に俺を見てから、ようやくそう呟いていたことに気がついた。 「平太も和泉も、二人とも悪くねーよ、絶対。確かに平太はさ、自分責めるのは楽かもしれねーけど、だからってそのままじゃお前やばいだろ? 鬱になったらどうすんの? ……多分、誰も悪くねーよ。やっぱさ、どうもなんねー仕方ないことって、あると思う」 「――じゃあ俺は、どうすりゃいいんだよ!」  平太がばん、と机を叩いて立ち上がり、怒鳴った。まさか怒鳴られるとは思っていなくて体を縮こませてしまうと、平太はすぐにはっとして俯いて「ごめん」と座り込んだ。 「今本当に余裕なくて……ごめん。……どうもなんねえ、ってさ、もう俺どうすりゃいいか分かんねえよ。立ち直れる気もしねえし……こんなに好きになったの、初めてだから……分かんねえよ、俺……」  平太は震える声で絞り出した。それは全然平太らしくなくて、見ているこっちまで辛くなる。  苦しそうな平太が見ていられなくて、俺は気付けば、こう話し出していた。 「時間が何とかしてくれるものって、やっぱあると思うんだ、俺。……俺にもさ、本当は兄ちゃんがいたんだよ。もうずっと昔の話だけど」  平太は顔を上げて、狼狽えるように俺を見た。和泉は驚いたように、黙って俺を見ていた。 「元々心臓が弱くて、でも治療してよくなってたはずだったんだ。実際、死ぬ前の日はすっげーぴんぴんしてた。乗り回してた原付にそん時小五だった俺を乗っけて、二人で海までかっ飛ばしてったくらい元気だったんだ。でも、兄ちゃんと海までドライブした次の日の朝兄ちゃんは、突然心不全で呆気なく逝っちまって」  こんな話、初めて話した。だけどなぜか、特に気負わず二人には自然に話せた。不思議だ。平太も和泉も、俺を信頼してそういう話をしてくれているからだろうか。 「そん時俺かなりの兄ちゃんっ子だったから、すげー辛くて、この辛さで死ぬんじゃないかってくらい辛かった。事故だったらまだ自分なり誰かなりを責められたかもしれないのに、突然死だから、誰も悪くないから、もう本当にどうしようもなくて」  二人とも黙っていた。だけどそれは嫌な沈黙じゃなくて、促すような優しい沈黙だった。 「でもさ、今は仕方なかったんだな、って思えるし、こういうの兄ちゃん好きだったね、って家族と笑って話せるくらいになったし、落ち込んでばっかじゃ兄ちゃん悲しむだろうな、ってちゃんと前向けてるし……特に何か転機があったわけじゃねーんだけど、時間が経ったおかげでここまで前向きになれてるから、平太のそれも時間が何とかしてくれると思うぜ。だから平太は、自分責めねーで楽しいことして気分紛らわせながら、時間経つのを待つのが一番だと思う」  今でもちょっと、平太の兄貴の話を聞くと、今の俺にも兄ちゃんがいればな、と思う。だけど今は、近くにいなくても、あんな兄ちゃんがいたってだけで幸せだなと思えるから、平太だってきっと大丈夫だ。いつかきっと、あんな人と付き合えてよかったな、と笑って話せる日が来る。兄弟と恋人は違うからもしかしたらとんちんかんなことを言ってるかもしれないが、俺はそう思う。  俺が話し終わってすぐ、和泉がひとりごとのように言った。 「……渉くんのそんな話、初めて聞いた」 「初めてだからな、人に話したの」  和泉は、そっか、と嬉しそうに笑った。それから慌てて顔を引き締めて「ごめん。不謹慎なんだけど、渉くんがそんなことを平太くんと僕に話してくれたことが嬉しくて。話してくれてありがとう」と弁解した。    やっぱり、和泉は本当にいいやつだ。何だか無性に気恥ずかしくなって俺は、おう、とわざとぶっきらぼうに頷いた。  平太は俺の話を聞いて、自分の中で反芻するように、時間経つのを待つ、か、と呟いた。やがて、へらっと笑った。どこか泣きそうで、すっきりとした笑顔だった。

ともだちにシェアしよう!