234 / 373

6俺が全部悪いんだ

「……で? 話って?」  扉を後ろ手で閉め、小深山先輩は僕にそう尋ねた。  小深山先輩は静かに、普段通りの表情で尋ねたのだが、どうしてか威厳というか威圧感というか、そういうものに押されてしまう。それは前園先輩も同じだった。先輩だからだろうか、それとも、家柄のせいだろうか。 「あの……平太くんの、ことなんですけど……平太くんから話は聞きました。でも、誤解なんです、全部」  小深山先輩は、表情に少しだけ疑念の色を映した。 「……誤解? 何が誤解だっていうの?」 「その、全部、です。……平太くんが毎日バイトだったのは本当で、カフェとコンビニのバイトをかけもちしてたんです。だから、平太くんは先輩のことが今でもずっと好きだし、僕とは何もないんです。本当に、偶然バイト先が一緒だっただけで」  小深山先輩は、少しの間、呆気にとられたように黙り込んでいた。しかしやがて、こう問いかけた。 「……何それ? じゃあ、何でそんなにバイトしてたっていうの?」  僕は言うか迷った。平太くんのこの事情は多分、僕と渉くんを信頼して話してくれたことだ。知られたくないことに違いない。だから、誤解を解くためといっても、こんなことを話してしまっていいのか。  考えたが、言わなかったらきっと、嘘だと思われてしまう。だから僕は、ごめん、と心の中で謝って、口を開いた。 「……平太くんの、父親が亡くなっちゃって。元々平太くんには母親がいなくて、いろいろあって親戚皆から縁切られちゃってて、お父さんともお金の繋がりがあるだけでほぼ関わりがなくて、お兄さんと二人暮らしだったんです。でも、お父さんが亡くなって金の工面ができなくなって、それで」  小深山先輩は言葉を失って、それから考え込むように視線を彷徨わせた。 「でもそんなこと、僕にどう信じろって」小深山先輩は言いかけて、何かを思い出したように言葉を止めた。「……ああでも、そんなこと、真空も前に言ってたような気がする」  そしてまた、考え込むように黙り込んだ。 「お願いします! 小深山先輩から、前園先輩の誤解を解いてもらえませんか?」  押せばいける、そう思って僕は小深山先輩にお願いした。しかし小深山先輩はやがて、僕の目をまっすぐに見て、問いかけた。 「それで? 誤解を解いてどうなる? 君は、真空の誤解を解いたら真空と明塚くんが復縁できました、って上手いこと話が進むと思うの? それにそもそも、君はそれを望んでいるの? せっかく真空と明塚くんが別れたんだ、君は嬉しいはずでしょ? このまま上手いことやれば、君が明塚くんと付き合えるかもしれないんだから」  こう反撃されるとは思っていなくて、僕は口ごもった。――確かに、小深山先輩が指摘したこと全部、僕ももう既に考えていた。だけどそれでも、と言ったのに、他人から改めて言われると、それが正しいようにも思えてくる。 「それにね、僕としては誤解でも誤解じゃなくても、どっちでもいいんだ」  小深山先輩の言葉に、思わずどうして、と尋ねたくなった。それから、小深山先輩は、このことにかこつけて二人を別れさせたかっただけだからか、と納得した。……だとしたら、僕には何もできない。僕は平太くんのために、何もできない。不甲斐なく思った。  そう思っていたが、小深山先輩の言葉は違った。

ともだちにシェアしよう!