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1僕ならできるのに

 一度は諦めたはずだった。  諦めが悪い僕だけど、あんなに仲の良い二人を見たら、あんなに幸せそうな真空を見たら、どんなに嫌でも諦めざるを得ない。あんなに幸せそうな顔は、あんなに照れた顔は、僕は見たことがなかった。多分、明塚くんくらいしか見たことがないだろう。  真空は別れた方がいい、そうずっと思っていた。だけどそんな思いも、二人を見ていたら、自分の滑稽さ哀れさに耐えられなくなって、薄れてしまった。  もちろん素直に祝福できるはずもない。付き合うからには絶対に真空を幸せにしろと、そうじゃないと許さないという気持ちでいながらも、どこかは明塚くんを認め始めていた。  その矢先にこれだ。  反対するに決まってる。別れて欲しいと思うに決まってる。  真空が幸せにならないのなら、明塚くんを認めるはずもない。明塚くんが真空のことをもうどうでもいいと思うのなら、さっさと別れて欲しい。だって、それなら僕の方が真空を幸せにできる。  認め始めていたのに、所詮これだ。所詮、たった数ヶ月しか一緒にいないのだから、明塚くんはすぐに真空がどうでもよくなると思っていた。思った通りだった。  だけど、それでも真空は別れたくないという。別れたくないと言って、そのせいでいつも傷付いて、泣いて。見え透いた嘘を吐かれて蔑ろにされて、それでもいい、もう愛されていなくても別れたくはないとまで真空に言わせて。  明塚くんには失望した。ふざけるなと怒りすら湧く。その怒りの種類は、前までとは違った。前までは、どうして真空があんな後輩なんかと、という怒りだったが、今は僕から真空を奪っておきながら真空を蔑ろにするなんて許せないという怒りだった。  そんな気持ちを抱えていたある日、夜に勉強していて、解説を読んでもいまいち理解できなかった問題があって、それを聞こうと真空に電話をかけた時だった。真空なら夜遅くも勉強しているだろう、と踏んだのだ。  何コールかして、ようやく真空が電話に出た。 『……もしもし?』 「もしもし、ごめんね夜遅くに。どうしても真空に解き方を聞きたい問題があって、真空なら勉強してて起きてるかなって思って」 『どの問題だ?』  真空の声は滲んでいた。そのことに気付いて、僕は思わず言葉を止めた。それから迷った挙句、素直に問いかけた。 「……真空、もしかして泣いてた?」  真空は肯定しなかった。でも、否定もしなかった。何も言わず、ただじっと黙り込むだけ。 「明塚くんのことで?」  真空はやっぱり、何も答えなかった。その沈黙は、肯定と同じだ。  どうして、どうしてそこまで傷付いてまでまだ付き合っているのか。理解ができない。 「……真空! だから僕、ずっと言ってるでしょ、別れた方がいいんだってっ……このままじゃ真空が不幸になる……ううん、もうなってるよ! ……何で? そうまでして明塚くんと付き合ってたいの? ねえ!」 『……ああ、何があっても俺は、平太が好きだから』  少し間を空けて、迷うことなく真空は肯定した。 「何があっても? 明塚くんが、真空以外の人のことを好きになっても? もう真空なんてどうでもいいって思われても? それでも好きだって言うの?」  畳み掛けるように問いかけた。真空はしばらく黙り込んだ。だけど、「……ああ」と静かに肯定した。  その静かな肯定の裏には、いくつもの葛藤があったのだろう。それが分かってしまうから、なおさらもどかしい。  僕なら真空にそんな思いをさせない。だけど、僕じゃ真空は幸せにできない。真空が好きなのは明塚くんだから。それがもどかしくて、悔しくてならない。  いっそのこと、僕が明塚くんならばよかったのに。そうすれば必ず、ずっと幸せにできた。蔑ろになんてしなかった。僕ならできるのに、僕じゃ駄目なのだ。

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