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2僕ならできるのに

「……馬鹿だね、真空は。このまま好きでいても、真空が傷付くだけだろうに。僕だったら絶対、そんな思いさせないのに」 『俺からすれば、伊織だって馬鹿だ。……俺はずっと、平太が好きだって言っているのに、伊織はずっと俺が好きだろう?』  僕は笑ってしまった。少し涙混じりの笑いになってしまった。  真空は何も分かってない。僕がどれだけ真空のことが好きなのか、ということを。  僕はいつだって真空の隣にいた。重ねてきた年月が、明塚くんなんかよりもずっと、何十倍も長い。その分だけ重ねてきた想いも、何十倍も多い。だから、真空が他に好きな人ができた、なんて言われても、今更すんなりと諦められるほどの想いじゃなくなっている。  ずっと好きだった。どんなことだって澄ました顔をしてこなしてしまう真空が。優しくて強くて、幼い頃僕を守ってくれた真空が。責任感が強くて努力を惜しまない真空が。本当は繊細で傷付きやすくて、でもそれを他人に絶対見せない毅然とした真空が。 「僕がいつから真空のこと好きだと思ってるの? 真空が明塚くんのことを好きだって言われても、はいそうですかって簡単には諦められないよ。……さすがにもう、真空が明塚くんのことを好きで付き合ってるんだ、って事実は認めざるを得ないから認めたけどさ。だからって諦められないし、まして、今の真空、すごく辛そうなんだもん」  僕は一呼吸置いて、続けた。 「真空が何と言おうと僕は同じことを言い続けるよ。明塚くんと別れた方がいい、明塚くんにはもう、会長がいるかもしれないんだから。それに、僕の方が幸せにできる。……もう、泣いてる真空は見たくないんだ」  明塚くんと真空が一緒にいて欲しくない。そういう気持ちもあるにはある。だけど、悲しそうな真空を見るたびに辛くなるから、というのが一番大きな理由だ。僕なら真空にそんな顔させない、でも僕じゃ何もできなくて、だけど――堂々巡りだった。 『――別れた方が、いいんだろうな。本当は分かってる。でも無理なんだ、どうしても俺にはできない。俺は平太が好きだから』  別れた方がいい、そう思ってるのならさっさと別れてほしい、じゃないと真空のためにもならないから――そう思わず口走りそうになって、慌てて飲み込んだ。それは確かに本音だが、あまりにもデリカシーに欠ける。  僕ができることは何だろう。きっと、何を選んでも真空は傷付く。付き合い続けても傷付き続けるし、だからといって別れても真空は傷付く。なら、真空が一番傷付かない、最善の方法は何だろう。  考えて、はたと思い当たった。このまま付き合い続けるのは真空のためにならないし、真空だってそれはよくないと感じている。だけど真空から別れ話を切り出すのは、辛いだろう。ならば――僕が言えばいい。僕が嫌な部分を全て背負って、僕が悪者になればいい。 「僕が何とかする。だから真空は、僕の言う通りにして欲しい」  真空は何を思ったのだろうか。しばらく黙った後、震える声で答えた。 『……分かった』

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