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4僕ならできるのに
証拠を見せると言って、真空から僕にキスさせてそれを明塚くんに見せるという作戦――上手くいった。これで後は、僕が嫌な役を引き受けて、二人を別れさせればいい。もう少し、あと一歩だ。
僕は、教室から逃げるように立ち去った明塚くんを追いかけて、声をかけた。
「――君のせいだよ、明塚くん」
「俺のせい、って、どういうことですか」
明塚くんの声は、ひどく弱々しかった。自分からこういう事態に追い込んでおいて、自分から真空を追い詰めておいて、何だその体たらくは。そう責めそうになったが飲み込み、僕は問い返した。
「ねえ明塚くん。君はもしかして、真空がどうしていきなりこんなこと、って思ってる? 言っておくけど、真空が突然心変わりしたんじゃないからね。君が先に心変わりして、君が先に真空を裏切ったんだ」
明塚くんはそれを聞いても、何を言っているのか分からない、俺は何もしていないのに、そういう表情で固まった。
明塚くんがどういうつもりでそういう顔をしているのかは分からない。分かりたくもない。――ふざけるな。真空をあんなに傷付けておいて、自分は被害者ヅラをするつもりか。そう責め立てたくなる。
それをどうにか抑えて僕は「いつまでそうやってとぼけるつもり?」と冷たく笑い飛ばした。
「君はこの一ヶ月とちょっと、ずっと真空を裏切り続けてたじゃないか。真空と会おうともしないで、毎日会長と帰って、詳しいことは話そうともしないで『毎日バイトがある』だなんて、見え透いた嘘をついて」
明塚くんの顔がさあっと青ざめた。図星を突かれたからだろうか。
「真空はそれでも、すぐに明塚くんに愛想を尽かすことはなかったよ。僕が別れた方がいい、って言っても、俺は平太が好きだから、平太が裏切るはずはないから、って」
僕はただ、淡々と事実を告げた。そうじゃないと、明塚くんに逆上してしまいそうで。
「あの真空が、よく泣いてたよ。それでも真空は、君のことをずっと信じ続けてたのに、そんな真空の思いを、君は今までずっと裏切り続けてた」
『――別れた方が、いいんだろうな。本当は分かってる。でも無理なんだ、どうしても俺にはできない。俺は平太が好きだから』
電話越しの真空の声を、不意に思い出した。苦しそうで泣きそうで、葛藤に葛藤を重ねて絞り出したんだろう、とすぐに推測できるような声。
好きだと何度も告げた僕に、俺は平太が好きだから、もう平太に手を出すな、と毅然と返していた真空なのに。それだけ、明塚くんのことが好きだったはずなのに。明塚くんのことが大切だったはずなのに。
そんな真空に、別れた方がいいんだろうな、とまで明塚くんは言わせた。何度も泣かせた。何度も傷付けた。そんな――そんな身勝手なこと、許せるはずがない。
僕はそんな思いを振り切るように一度息を吐いて、明塚くんをまっすぐに見据えた。
「もう一度だけ言うよ。明塚くん、真空と別れてくれないかな」
明塚くんは葛藤するように目を伏せて、黙り込んだ。やがて、掠れた小声で答えた。
「……分かり、ました」
それから、明塚くんは逃げるように教室から立ち去った。
これで、二人は終わりだ。
そう思うと、色々な気持ちがわっと湧き上がった。これでもう真空の泣き顔を見なくて済むという安堵、別れてくれて良かったという嬉しさ、それから少しの、本当にこれで良かったのかという迷いと後悔。
そんな様々な思いを僕は、頭を振って振り払って、真空の元へ向かった。
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