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8僕ならできるのに

 今日は終業式、そしてクリスマスイブ。明日は真空の誕生日だった。  なかなか踏ん切りがつかなかった。だけど今日、さすがに何か決着をつけなくちゃいけない。 「……ねえ真空、明塚くんのこと、まだ好きだよね」  答えの分かりきっている問いを僕はまた投げかけた。真空は憂いのある表情で頷いた。諦めも混ざってきていたが、それでも確かに、色濃い未練が見てとれた。  それを見て、改めて自覚した。ああ、僕じゃ駄目なんだ。――覚悟は、決まった。僕は、そっか、と頷いて、真空にこう言った。 「ねえ、明日空いてる?」  頷いたのを確認して、僕は提案した。 「じゃあさ、明日の……一時頃かな、に駅前の広場で待っててほしいんだ。……明日誕生日でしょ? 真空が今一番ほしいものをあげたいんだ」  覚悟は決まったといえど、やっぱり少し勇気が足りない。改めて会長の勇気に驚く。でも今更、泣き言を言ってられはしない。僕は自分を鼓舞するように頷いて、一年四組の教室のドアを開けた。  幸運なことにほとんど生徒はいなくて、すぐ彼が――明塚くんが見つかった。明塚くんは何気なく振り向いて、友達と笑い合っていたその顔を、凍りつかせた。 「明塚くん、ちょっと話があるんだけど」  明塚くんは引きつった顔を隠そうともせず、恐る恐る訊き返した。 「……今から、ですか」 「うん、今から。今じゃないと駄目だ。だからちょっと、風紀委員室に来てもらえないかな」  明塚くんは引きつった顔で押し黙った。その後不意に唇を噛むと、「何でですか」と押し殺したように囁いた。 「これ以上……俺に何をしろって言うんですか。先輩の言う通り別れたし、連絡もとってないし、それどころか目すら合わせてないし……なのにこれ以上、どうしろって言うんですか……もう俺には何もないのに! もう――」  半泣きのような声色の明塚くん。改めて、自分が何をしてしまったのか、自覚した。  その時、明塚くんの傍らにいた会長と目が合った。頷くと、彼ははっと察したような表情になり、微かに頷き返し――おもむろに呟いた。 「……行きなよ、平太くん」 「お前まで何言ってんだよ和泉!」  明塚くんは噛みつくような勢いで会長を見て――言葉を失った。それくらい、会長は覚悟のこもった目で明塚くんを見ていた。 「行かないと平太くんは必ず後悔する。行きなよ」  覚悟のこもった目に気圧されたか、さっきまでの勢いを引っ込め、それから明塚くんは頷いた。 「で、話なんだけど」  扉を閉め、明塚くんは振り返った。その顔は青ざめていて、それでもしっかりと僕を見つめ返していた。――やらなきゃいけない。ちゃんと――ちゃんと、明塚くんに謝らなきゃいけない。 「――ごめん」 「……は?」  頭を下げ、それから顔を上げると、呆けたような表情で明塚くんは僕を見ていた。間抜けなくらいに呆けた顔だった。 「君に前言ったよね? 僕と真空は付き合ってるって。あれ、嘘なんだ」  明塚くんはぽかんと口を開け、呆然と僕を見ていた。 「君と会長がいつも一緒にいるからって悩んだ真空が、君のために別れた方がいいんだろうな、って言ってたから、真空の合意の上で吐いた嘘なんだ。真空が君のことで悩んで泣いてたのは本当。でも、真空が君じゃなくて僕のことを選んだっていうのは、嘘だ。真空が僕にキスしてたのも、この嘘を君に信じ込ませるためにしたことなんだ」  明塚くんは呆気にとられたまま、黙りこくっていた。僕は続けた。 「それに僕も正直、別れた方がいいとは思ってた。ここ数ヶ月くらいの君を見てて、あまりにも不誠実だと思ったからね。……でも、僕が間違ってた。会長から全部聞いた。僕は君のことを誤解してたよ。……だから、ごめん」  明塚くんの表情はめまぐるしく変わった。驚き、疑問、納得、喜び、そして失望。明塚くんは、掠れた声で問いかけた。 「……でも今更……今更、どうすれば……」 「今更じゃない、真空は今でも変わらず君のことが好きだよ」  明塚くんは口元をわななかせ、何かを言いかけたが、すぐにそれを飲み込んだ。それから明塚くんは考えて、僕と目線を外し……「よかった」と微かな声で囁いた。それから一度深く深呼吸をし、僕と目を合わせてから明塚くんは、問いかけた。 「でも、どうしてそれを俺に? 小深山先輩の得にはならないじゃないですか」 「……言ってたんだ、会長が。自分が苦しむよりずっと君が苦しんでる姿を隣で見る方が嫌だ、だから誤解を解いてほしい――って。それを聞いたらなんか、目が覚めたんだ」 「あいつが……そんなこと」  明塚くんはぽつりと呟いた。 「……明日の一時頃、空いてる?」  突然の問いかけに明塚くんは一瞬黙ったが、すぐに頷いた。 「多分、空いてます。……でもどうして」 「駅前の広場に、真空がいるから。行ってあげて」  明塚くんは驚いたように僕を見つめ返した。何度か瞬きをする。その後、ふるっと笑顔を零した。綺麗だと思った。ああそうか――真空はこの笑顔が好きなのか。 「――ありがとうございます」

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