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9僕ならできるのに

『……明日誕生日でしょ? 真空が今一番ほしいものをあげたいんだ』  伊織の言葉を思い出す。ああ誕生日だったか、と思い出すと同時に、悲しくなった。平太の誕生日の時は、俺の誕生日の時も一緒にいるだろうなとぼんやりと思っていたのに。  クリスマスだからか、やっぱりカップルが多い。――平太も、今頃会長といるんだろうか。多分平太のことだからいくつかサプライズを用意していて、デートプランも完璧に立ててあって、だけどそれを悟らせないで、さらりとリードして、……考えれば考えるほど、泣きそうになってくる。  いつになったら未練を断ち切れるんだろう。いつまでも未練たらたらで、自分でも嫌になるほど女々しい。  空は鈍色をしていて、息は吐いた先からすぐに白くなった。気分が重くなるような天気だ。  平太のことがずっと好きなんだろうな。そう思った。思っていたよりずっと呆気なかったけれど、それでも多分、俺はずっと好きなままなんだろう。だって、どんな日で何をしていようとも、平太のことがすぐに頭に浮かんでしまうのだ。  今更何を言っても仕方ない。それはよく分かっている。だからせめて――平太の心の中に、少しだけ残り続けていれば、そしたら俺も少しは報われる。  だけどやっぱり、本音を言えば、平太がいてほしい。迎えに来てほしい。今までのは全部誤解なんだと言いに来てほしい。――考えて、自嘲した。そんなことあるはずないのに、いつまでも未練たらしく女々しいことを思っている自分が心底嫌になる。 「――真空さん」  平太の声が聞こえたような気がする。懐かしい、大好きな声。ついに幻聴まで聞こえてきてしまったのか、俺は。自嘲を通り越して、そんな自分が少し不気味になる。 「あの、真空さん」  また聞こえた。いるはずがないのに。そう思いながら俺は、空にやっていた視線を戻し――絶句した。隣に平太が、本当にいた。夢だろうか。幻覚だろうか。  何も言えずにいる俺を見て、平太は不意に俺を抱きしめた。それはあまりにも唐突で、びっくりすることすら忘れてしまった。 「――すみません」  お互いに無言のまま、平太はしばらく俺を抱きしめていたが、いきなりそう囁いた。 「……何が?」  何とか絞り出せた言葉は、そんな問いかけだった。 「全部です。俺が真空さんにしたこと、全部。その……全部誤解なんです。俺は和泉と付き合ってなんかいないし、真空さんのことがどうでもよくなってもいない、それからバイトを毎日していたのだって嘘じゃなくて事実です。しなきゃいけない理由があって、それを真空さんに話したくない理由もあって」 「……どんな?」  頭が混乱して、まともに言葉が返せない。結局俺は、そんな幼稚な問いかけをしてしまった。  平太は一瞬口ごもると、淡々と答えた。 「……父親が死んで、金の工面ができなくなったんです。必死に兄貴が働いてくれてたんですけど、それじゃ到底足りなくて。それで、喫茶店とコンビニのバイトをかけもちして、五時からバイトして、学校に行って、そこから十時までバイトして、ってしてました。それで食費も極力抑えたくて、和泉に料理を教える代わりに夕飯をご馳走になってて、それでいつも和泉の家に行ってました」 「そんな……そんなこと、言ってくれたら俺が何とかしたのに」  一生遊んでも使い果たせないくらいの金ならうちにあるし、俺が使える金というのもある程度ある。だから、平太にそんなことをさせなくても、言ってくれさえすればきっと何とかできた。  しかし平太は、それを聞いてかぶりを振った。 「だから言わなかったんです。だって、俺の家庭の問題に真空さんを巻き込んで、ましてや金銭的な援助をしてもらうなんて、到底できないです。かっこ悪いじゃないですか。……でももう大丈夫です、とりあえず俺の大学進学までは何とかなる程度のお金は溜まったので」  そう言われれば、俺は黙り込むしかない。 「でも、その変なプライドのせいで真空さんを誤解させちゃって、本当にすみません。それからあの時、別れようって言っちゃったのもすみません。俺てっきり、真空さんは俺に愛想を尽かして小深山先輩を選んだんだと思ってて、それで別れた方がいいだろうと思ったんです。……身勝手ですみません、でも言わせてください。……今でもずっと好きです、もう一度俺と付き合ってください」  俺は笑ってしまった。それから、不意に涙がぼろっと溢れた。嬉しくて泣いてるのか、安心して泣いてるのか、それとも他の理由で泣いてるのか、自分では分からなかった。  そうか、伊織の言っていた『真空が一番ほしいもの』って、これのことか。――報われた。今までずっと悩んできたことも、別れて辛かった思いも、全てがその一言で報われた。それから、濁流のように好きだという愛しい気持ちが湧き起こってきた。好きだ。やっぱり平太が誰よりも好きだ。 「俺も、好きだ。また付き合いたい」  何度も頷いて抱きしめ返す。微かな平太の笑い声が聞こえた。  空から粉雪が舞ってくる。クリスマスの街をこれから白く染めるのだろうか。綺麗だと思った。白い粉雪の舞う視界も、すぐ近くで微笑む平太も。 「愛してます真空さん。誕生日、おめでとうございます」

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