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5これからのこと
遊園地から駅に向かう途中、このまま帰るんだろうと思っていた俺に、平太はこう提案した。
「真空さん、今日泊まっていきません? 兄貴は今千紘さんの家行ってて、家に誰もいないんですよ」
「……泊まり?」
「泊まりです」
そういうことか、という意味を込めて問い返すと、平太は色気のある微笑みを向けた。家に二人きりで泊まり、しかも明日は休日だから――いけない妄想が頭を埋め尽くす。体温が上がる。
「――そんなに早まらなくても、ちゃんと満足させてあげますから」
「……ぁん……」
耳元でそっと囁かれる。そのあまりに色っぽい響きに、蕩けそうになった。声が少し漏れてしまって、慌てて口をふさいだ。恥ずかしくなる。
平太はそれを見て愛しげに笑うと、がらっと声色を変えて「まずは夕食ですね。どこかで食べます? それとも何か買って俺作りましょうか?」と尋ねた。
「……平太の手料理が食べたい」
「分かりました。何がいいですか? なんでも作りますよ。あ、あと、何かケーキ買っていきましょうか」
「平太に任せる。ケーキは……ショートケーキが食べたい」
「それじゃ……ビーフシチューでも作りましょうか?」
頷くと平太は「分かりました」と頷き返した。
「……さっきからずっときょろきょろしてますけど、どうしました? 何か気になるものでもあるんですか?」
スーパーの買い物かごを持って、平太は問いかけた。
「いや……スーパーにほとんど来たことがないから、新鮮で。随分と賑やかなんだな」
「ほとんど来たことがない?」聞き返して、平太は恐る恐るといった調子で問いかけた。「……もしかして、使用人に買わせに行ってる、とか」
「……まあ。あまり気分がよくないよな、こんな話は。すまん」
「き、気にしないでくださいよ。何も自慢してる訳じゃないし、気になりませんから」
平太の家庭環境では考えられないことだろうし、もしかしたら不愉快だったかもしれない。そう思ってそう謝ると、慌てたように平太はフォローした。
「へえーそっか、使用人か。あ、だから料理が苦手なんですか? 全部任せてるから自分じゃやったことがない、みたいな」
玉ねぎを品定めしながら、平太は悪戯っぽく問いかけた。図星だったので何も言えず、俺は黙り込んだ。そんな俺を横目でちらりと見ると、平太は楽しそうに笑った。
「料理なんて慣れですから、何なら俺、教えましょうか? ……あ、でも、真空さんはできないままでいいですよ」
「……何でだ?」
「だって、できなくても俺が作るので問題ないです」
できなくても俺が作るので――意味を考え込んで、はたと思い当たり、俺は思わず立ち止まってしまった。くすぐったいくらいに嬉しくて恥ずかしくて、どんな反応を返せばいいか分からなかったのだ。
「真っ赤ですね、顔」
平太はふと俺を振り向いて、楽しげに言うと、先を歩いて行った。
できました、と平太が差し出した料理は、とてもこの短時間で作ったとは思えないものばかりだった。出てきたのは、ビーフシチューとかぼちゃのポタージュとパスタとカプレーゼだった。
「これでワインでもあればおしゃれだったと思うんですけど、さすがに無理なので、ぶどうジュースで代用しました。グラスに入れたらそれっぽいですよね?」
茶目っ気のある笑顔を浮かべ、平太は反対側の席に着いた。
「ああ……すごい、今作ったなんて到底思えない」
「ありがとうございます。じゃあ食べましょうか」
いただきます、とどちらからともなく言い、かぼちゃのポタージュに口をつけた。驚いた。濃厚なかぼちゃの甘みがあって、かぼちゃを買っているのを見ていなかったら、平太が作ったとは思わなかっただろう。
「……すごく美味しい」
顔を上げて言うと、平太は顔を綻ばせた。
「良かったです」それから平太は、茶目っ気たっぷりに言った。「惚れ直しました?」
俺は頷いて、もっと好きになった、と笑い返すつもりだったのに、恥ずかしくてどもってしまい、尻すぼみになってしまった。きっと、何を言っているのかよく聞き取れなかっただろう。平太はそれを見て、楽しそうに笑った。
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