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第2章 1再会は突然に
「渉くーんっ!」
後ろから威勢のいい声が聞こえ、振り向くと、案の定和泉が大きく手を振りながら俺の方へ駆け寄ってきた。
「ねえ、クラス発表見た? 僕と渉くんと平太くん、皆同じクラスだったよ!」
「見た見た。偶然だとしたらあまりにも都合がよすぎるよな」
歩きながら言うと「そうだよねっ」と和泉はにこにこした。
「ってことは、多分今年はすっごくいい年になるんだよ!」
「……いやそうじゃなくてさ」
「じゃあどういうこと?」
「あくまで推測だけど……小深山先輩の口添えもあるんじゃないかって思うんだよ、俺。平太への罪滅ぼしのためにさ」
小深山先輩は少し身勝手なところもあるが、義理堅いところもあると聞いた。だから、小深山先輩ならやりかねないと思ったのだ。それに、そうじゃなきゃ説明がつかないほど都合がよすぎる。通常、クラス分けでは仲の良い生徒は離されるものだろうからだ。
和泉はそれを聞いて、うーん、と悩んだが、すぐにからっと笑った。
「まあ何でもいいや! クラス一緒で嬉しいから! 去年、僕だけ隣のクラスでちょっと悲しかったんだよね」
その反応は和泉らしくて、俺は笑ってしまった。
「ていうか平太くんは?」
「寝坊じゃね?」
電話をしても繋がらないのだ。一度こういうことがあったが、その時平太は寝坊してきたので、恐らく今回もそうだろう。
「タイミング悪過ぎない? よりにもよって今日、始業式だよ? どうしたんだろう、平太くん……」
和泉は心配そうな顔をした。心配しなくてもどうせ、夜中までゲームをしていて寝坊しただけだろうに。事実、昨日平太から『部屋を掃除してたら懐かしいゲームが出てきた』というメッセージが来たのだ。その後何を送っても返信が来ないので、もしかしたらずっとやっていたのかもしれない。
一年も一緒にいたので、だいぶあいつの性格も掴んできた。あいつは、全ての物事を面倒くさがる冷めたやつだが、ゲームと先輩に関しては夢中になるやつだ。和泉も多分そのことは分かっているが、それでも平太のことを心配しているなんて、やっぱり優しいなと思う。
「まあそのうち来るよね。新しいクラスに行こう!」
「そうだな」
きらきらとした笑顔で和泉が言う。和泉の笑顔は可愛い。何よりも可愛い。少し切なく疼く胸を抱えて、俺は頷いた。
「……ねえ渉くん、平太くんさ……」
「ああ。まだ来ないよな……」
俺と和泉は、こそっと顔を見合わせた。出席番号順に席は割り振られていたが、奇跡的に俺と和泉の席は近かったのだ。名字がか行とた行だから、運良く近くになったのかもしれない。平太は、あから始まる名字なので、一番端の一番前だった。
そして今は、始業式が終わり、ホームルームが始まったところだった。始業式はなかなか長かったのに、まだ平太は来ない。もしかしたら、具合でも悪くなったのだろうか。さすがに俺も心配になってきた。
新しいクラス――二年五組の担任は、だらだらと長い話を続けている。どうやら前は和泉のクラスの担任をしていた先生らしい。和泉曰く、話は長いけどユーモラスでいい先生、だそうだ。
その先生はひとしきり自分の自己紹介をして場を沸かせると、ふと思い出したように「あっ、そうだった」と呟いた。
「そういえばうちのクラス、転校生がいるんですよ。すっかり忘れてた」
教室が一気に沸く。そんなこと、普通忘れるものじゃない。先生への和泉の評価はいささか好意的じゃないだろうか、これじゃただのだらしない人だ。
しかし転校生か――期待が高まる。男子校だから来るのはどうせ男だが、それでも気になるものは気になる。なんせ、転校生なんて滅多に来るものじゃない。
先生は「夏目くんすみません、入ってきてください」と教室の外から誰かを招いた。教室内の期待が高まるのを感じる。そこに入ってきたのは――
しん、と教室が静まった。凍りついたのではない、ただ、あまりにも予想外だったのだ。誰も何も言えなかった。
「じゃあ夏目くん、自己紹介をお願いします」
先生の言葉に頷いて、彼は黒板に名前を書くと、前に向き直った。
「――夏目雫です。元々この学校の近くに住んでたんですけど、色々あって引っ越して、また戻ってきました。よろしくお願いします」
澄んだ綺麗な声が教室に反響する。
「女の子?」
皆何も言えずに黙っていたのに、和泉はその空気を読まずに、無遠慮にその問いかけを投げかけた。それを皮切りにして、教室内が収集がつかないほどにざわめき出した。
――そう、彼は、有り体に言ってしまえばめちゃくちゃ可愛かったのだ。中性的というのだろうか、ぱっちりとした瞳に、薄い艶のある唇、長い睫毛、華奢な体、色素の薄い柔らかそうな髪……とにかく、そこら辺の女子の何十倍も可愛かった。
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