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3再会は突然に

「え、それマジっ?」 「マジ。で、これが……入学したての平太」  雫は転校初日から、気付いたらクラスに馴染んでいた。そして気付いたら、渉と和泉と下の名前で呼び合っていた。雫は他人と仲良くなるのが天才的に上手い。だけど俺は、それが雫の血反吐を吐くような努力から成り立っていることをよく知っている。  雫は人付き合いが一見上手く見えるが、苦手だ。根は明るい人間でもない。それなのにひたすら自分を偽るのは、昔の俺に酷く似ている。俺は二人と真空さんのおかげで変われたが雫は変わらない、そう思うと、少し哀しくなる。 「馬鹿やめろ! こいつに見せたら絶対馬鹿にされるだろ!」  俺の制止を振り切って、渉が携帯の画面を雫に見せた。雫は案の定、盛大に吹き出すと、顔を真っ赤にして笑い出した。 「はぁ!? これ平太!? ぶっ……はははは! すっ……げえ地味じゃん! 誰だよこれ! あっはははははっ!」 「だから言ったのに……」  恨みがましく呟くと、しばらくして何とか笑いを収めた雫が「だけど、このままでもよかったんじゃね?」と呟いた。 「この見た目だったら中学の時あんだけ悲惨な目に遭わなかったんだろうし、むしろ中学からこの見た目ずっと貫いてりゃよかったじゃーん」 「悲惨な目?」  和泉が尋ねる。それを聞いて、ああこいつらには中学の時のことを、ふわっとしか話していなかったな、と思った。 「あー、お前あんま話してない感じ? 話してもいい?」 「別にいいけど」  言うと、雫は頷いて「いやさ」と茶化すように続けた。 「こいつこの見た目のせいでめちゃくちゃモテたの。で、キャーキャー言われるとか、色々プレゼントもらうとか、それはまだよかったんだけどさぁ。盗撮もストーカーもかなりされたり、女子が女子に『あんたなんかが平太と仲良くしてるなんて生意気』みたいなありがちな理由でいじめ紛いのことされてる場面に何度も出くわしちゃったり、あと平太の席でオナってるやつ見たことあるって言ってたっけ。いやぁー、悲惨だったね!」  思い出して、思わず顔が引きつる。どれもこれもかなり思い出したくないものばかりだ。何度もしつこくストーカーをしてきた女子は今でもぞっとするし、自分がきっかけで何も悪くない女子が責められてる場面は思い出すと腹がキリキリ痛むし、話したことのない男子が俺の名前を呼びながら俺の席に精子をぶっかけていた姿を見たことは思い出すだけで吐きそうになる。 「本当にしんどかった……あの時は真剣に蟻になりたかった」 「……だいぶ闇が深いな。そりゃ、中学の友達も苦手になる訳だ。げんなりしてたもんな、平太」  渉の呟きに「中学の友達? 会ったことあんの?」と雫は問いかけた。 「うん会ったよ! えっと確か……女子二人と、赤と金と茶色の髪の毛の男子だったっけ。皆チャラかったよ」 「ってことは……愛菜と優香とアカと佑太郎と賢? 会ってみてどうだったー?」  にやにやしながら聞く雫に、何気なく渉と和泉が答えた。 「最初は仲良さそうだと思ったけど……平太くんとタイプが違うなと思った」 「あー確かに。あいつらと一緒にいたって言われてもちょっとピンとこないっていうか」  雫はそれを聞いて、ぱちくりと、意外そうに目を瞬いた。それから「そっか」と少し寂しげに呟いた。いや、寂しげに見えるのは俺だからかもしれない。 「昨日も思ったけどさー、平太、お前今、けっこー素で過ごしてる?」  軽い口調の問いかけの裏に隠した本心を察して俺は、まあ、と軽くお茶を濁す程度に留めておいた。だけどそんな気遣い、出会って数日の渉と和泉ができるはずがなかった。 「前そんなこと言ってたよな、平太。それも先輩のおかげ、みたいなこと言ってたっけ」 「あー言ってたね! まあ平太くん、先輩大好きだもんね!」  雫にとっては最悪の展開だ。案の定雫は「先輩って?」と尋ねた。そしたら俺が答えずともきっと、 「あれ、平太にまだ聞いてない? 平太が一個上の先輩と付き合ってるって話」  渉が答えた。予想通りだった。雫の様子を伺うと、雫は表情をしばらく固め「変わったな、平太」と聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いた。  それから、いつも通りにへらっと笑った。 「何だよぉ、そんな大事なこと何で黙ってたんだよ! お前に恋人? へえぇ、そっかぁ、どんな人? どんな人っ?」 「えーっと、すっごいかっこよくて――」  和泉がにこにこしながら続けようとしたのを遮るように俺は立ち上がった。それから、「俺帰るわ」と告げた。 「そなの? その先輩と帰る的な? おっけー、なら」 「お前も一緒に帰ろうぜ、雫」  雫の言葉を途中で遮り、言った。雫は意表を突かれたように一瞬黙って、それから「でも、その先輩はどーすんの?」と尋ねた。 「元々、今日はしばらく放課後喋るかなって思ったから帰れないって連絡しといた。一応受験生だし、待たせるわけにはいかねえから。あと――雫と話したいことがあったから。始業式の日と昨日はごたごたして結局帰れなくて『色々』聞けなかっただろ?」  まだ雫がこっちに戻ってきた理由を聞けていないし――そういう意味も込めて言うと、察したように雫は頷いて立ち上がった。 「つー訳で、俺ら先に帰る。わりい」  そう二人に手を合わせると、二人は異口同音に気にするなと言った。 「幼馴染だしね、二人だけで話したいことってあるだろうし」 「俺らがいると話し辛いよな。いーよいーよ、帰れ」  話を途中で遮って帰るなんて、少し身勝手かと思ったが、理由も聞かず肯定してくれた二人はやっぱり、優しいと思った。その親切心に感謝して、俺は雫を連れて教室を出た。

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