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5再会は突然に
雫とは保育園からの付き合いだが、仲良くなったのは小一の時だった。通っていた保育園はどうやら一緒だったようだが、お互いにお互いを認識していなかったのだ。
保育園の頃まで俺は、どうやら明るく天真爛漫な子供だったらしい。記憶が曖昧でよく覚えていないが、兄貴がそう言っていた。反対に雫は、いつも隅の方で一人で遊んでいる子供だったと言っていた。そのままいけば、関わることはなかっただろうと思うほど、性格が違ったのだ。
そんな俺の性格が変わったのは、言うまでもない、母親の死と父親の虐待によるものだった。
俺は入学式から一週間も経たずに母親が亡くなって、葬式やら何やらで俺はしばらく学校を休んだ。入学から間もない、これから友達を作ろうと言う大事な時期にだ。
学校に行き始めた頃は「こいつ誰だ」という視線ばかり投げつけられた。何で休んでいたのか聞かれることもあった。それが嫌で、俺はしばらく自ら他人を避けていたような記憶がある。
だけどその頃のクラスにはもう一人、入学式からしばらく休んでいた子供がいた。それが、雫だった。
何で休んでいるのか分からなかったが、周りの子供がひそひそと話す会話から何となく事情は察していた。
『あの子、なんで来てなかったの?』
『なんか、親がやばいんだって。ママがあの子には関わるなって』
だから雫はいつも一人だった。子供は悪意のない残酷さを持っている。親に言われたから、それだけの理由で、悪気もなくクラスメイトを仲間はずれにできる。
俺もよく分からなかったが、周りが避けているのなら関わっちゃいけない子なんだろうと思って話しかけなかった。だけど席替えをして隣になって、初めて話した時に印象が変わった。
『……あの、ご、ごめん……教科書、わすれちゃって……その……』
俺はその時確か、『見る?』とか何とか言って、教科書を見せたんだと思う。そしたら雫は、ぽかんとした顔になって、それから、ぱあっと花咲くような笑顔を浮かべた。その時の雫の笑顔は、記憶にしっかり残っている。
その笑顔を見た時に、何だ、と拍子抜けした記憶がある。何だ、ちっともやばい子じゃないや、と。それから度々、雫と話すようになった。
入学した直後にしばらく休んでいたとはいえ、俺は何とか友達を作れていた。だけど雫は、いつだって一人だった。それが幼心にも不憫に思えて、俺は極力一緒にいるようにしていた。
そんなことは雫にとって初めてだったのかもしれない。よく雫は、不思議そうな顔をしていたのだ。そしてある時、不意に問いかけた。
『……あの……平太って、なんで……なんで、ぼくといっしょにいてくれるの? ……ぼくの親はやばいから、ぼくに関わるなって、みんな言うのに……』
『親とかそういうの、どうでもいいよ。おれは雫のこと好きだし。だっておまえ、いいやつじゃん』
それを聞いた雫は、きょとんとした顔になって、それからぼろぼろと泣き出した。泣きながら、ぽつぽつと自分の家の事情を話し始めた。俺は雫を慰めながら、俺も自分の家の事情を話した。
雫の母親は周りの言う通り「やばいやつ」だったのだ。
恋愛に溺れて、相手が自分のことを愛しているのか無理難題を押し付けて測ろうとして、少しでも否定されたら「やっぱり愛してるなんて嘘だった」「私はいつも一人ぼっちだ」と勝手に嘆いて別れて、また違う男との恋愛に溺れて……を繰り返していたらしい。
雫は母親が十六歳の時に産んだ子供だったそうだ。その時の父親は雫が物心つく前に別れたらしい。その前にも何度か妊娠しては堕ろして、を繰り返していたそうだが、雫はもう堕ろせない時期に妊娠が発覚したため、産んだのだという。
そんな母親だから、父親がころころと変わっていたらしい。母親はいつだって自分が最優先で、まともに愛された記憶がないのだそうだ。男と別れた直後なんかはよく八つ当たりをされたらしい。
そんなことを話した時から俺と雫は、唯一無二の親友になったんだと思う。それから俺と雫は、色々なことを共有し合った。
あまり褒められたことではないが、一緒に学校を休んだり、行事をバックれたりもした。三年生になった辺りから俺の兄貴が荒れ出して、俺も周りから避けられるようになって、学校という空間そのものが苦痛になったからだ。
辛いながらもそれでも、二人で何とか支え合って生きてきた。だけどそれだけじゃどうしようもなくなって、雫が援交に走り始めたのは、雫の何人目かの父親にされた『あること』がきっかけだった。
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