262 / 373

1彼は君とどこか似ている

 ――以前までは、明塚くんが全て悪いんだと思っていた。だけど恋という呪縛を何とか解いた今、そうとも言い切れないことに気が付いた。……真空は多分、人よりやきもち焼きで気にし過ぎるのだ。 「……気にし過ぎだと思うよ? 幼馴染なんだし、そりゃ多少は他の人より距離近いでしょ」  明塚くんと、転校生の――夏目くん? と一緒にいるところを見かけるたびに落ち込む真空を見て僕は、少し呆れてしまった。別に特筆するほどべったりではないのだ。基本、明塚くんと夏目くんと加賀美くんと会長と、の四人で一緒にいるから、そこまで二人きりでいるところは見かけない。むしろ、僕と真空の方がべったりだと思う。  夏目くんの弁当を明塚くんが作ってあげている、という話も聞いたが、その訳はきちんと明塚くんから説明を受けていた。――色々あって雫は一人暮らしをしていて、元々かなり食が細いから、俺が弁当を作りでもしないとあいつは絶対食べない、それどころか一日を通して水しか口にしないのもあり得るので――そう言っていたそうだ。 「ああ、でも……」  真空は頷きかけて、また眼下の中庭にいる明塚くんと夏目くんを見て、ため息を吐いた。 「弁当……手作り弁当か……」 「……食べたいなら頼めば?」  呆れながら言うが、真空は「いや」と首を振った。 「前よりはマシとは言っても、平太の家は経済状況があまり良くないから……平太に負担をかける訳には」  そう言いながらも、羨ましげに見つめる真空。  だいぶ真空への気持ちが冷めてきて、客観的に見れるようになった今、一つ確実に言えることがある。……二人はかなりラブラブだ。復縁した日を考えないとすると、もうすぐ付き合い始めて一年になるそうなのに、未だにラブラブなのだ、相当お互いにお互いが好きなんだろう。  そんな関係なのだから、自分も手作り弁当が食べたい、そう言って嫌がるはずがない――と側から見ていると思うのだが、真空はそうは思わないらしい。 「最近、あまり一緒に帰れてないし……仕方ないのは分かってるんだが……もし平太が俺よりも夏目の方が、ってなったらどうしようって」 「……心配し過ぎじゃない? 何もそこまで心配しなくても」  言うと、真空は少し迷うように視線を揺らすと、ぼそっと呟いた。 「……昔、平太は夏目が関係を持ってたって聞いた。ただの友情だと思う、とは言ってたが、しばらく考え込んだ後に友情だと『思う』って答え方だったから……不安で」 「えっと……関係っていうのは」 「体の関係」  答えた後に真空は、ため息を吐いた。――確かにそれは、過剰なくらい不安がっても仕方ないかもしれない。だけど、それだけ心配なら直接確認してしまえばいいのに、そう思うのは僕だからだろうか。 「もしかしたら、本当はああいうタイプが好きなのかも、って思ったら不安で仕方なくて……」 「まあ確かに、タイプはまるっきり違うよね」  夏目くんを見ながら、僕は呟いた。接点が全くないのに、真空の影響でもうすっかり夏目くんの顔を覚えてしまった。それから真空から聞いた夏目くんの家庭事情も、うっすら知ってしまっている。話したこともないというのに。  真空が超然と何事もこなすタイプなら、夏目くんは多分、儚げでどこか不安定なタイプだ。見た目も中身も、まるっきりタイプは違う。――だけど、 「……何か、どこか似てる気がするんだよね、真空と夏目くん」  それがどうしてなのか自分でもわからず、僕は首を傾げつつ言った。案の定真空は、怪訝そうな表情になった。 「……まあとにかく、そんなに心配なら直接確認してみれば?」  言いながら僕は真空の携帯を奪い、勝手に明塚くんに電話をかけた。真空は慌てて僕を遮ろうとしたが、僕から携帯を取り上げるより早く、明塚くんが電話に出た。 『……真空さん? どうしました?』  明らかに明塚くんの声色が、他の人に対するそれと違う。僕から見れば、あからさまなほどに真空はちゃんと愛されているのに、どうしてそこまで不安がるのか、僕にはよく分からなかった。 「あー……ごめん、真空じゃなくて僕なんだけどさ」 『……小深山先輩ですか?』  声色がさっきと違う。色々あって確執はほとんど残っていないとはいえ、まだ少し身構えるものでもあるのか、それともただ単に真空じゃなくて僕だったことにがっかりしたのか。分かりやすくて、僕は思わず笑ってしまいそうになった。 「ごめんねいきなり電話しちゃって。真空がさ、しつこいくらいに不安がってるんだよね。明塚くんが俺じゃなくて夏目くんを選んじゃったらどうしようーってさ。あと、真空も明塚くんの手作り弁当が食べたいってよ」 「ば、馬鹿! そんなことまで言わなくていいから――」  真空が顔を赤くして俺から電話を奪おうとする。明塚くんは電話越しに笑うと、『真空さんと代わってくれません?』と問いかけた。僕は頷いて、代わってほしいって、と真空に電話を手渡した。 「……平太?」 『真空さん? そんなに不安だったんですか?』  楽しげな明塚くんの声が聞こえる。真空がしばらく間を置いてから「ああ」と答えると、明塚くんはふっと笑った。 『それならそうと言ってくれればいいのに。……違いますよ、雫はただの幼馴染です』 「……本当に?」 『本当です』と明塚くんが言うと、心底ほっとしたように真空はため息を吐いた。明塚くんは電話越しにまた笑った。 『そういうところ、本当可愛いですね。好きですよ。……弁当、食べたいなら明日作って持っていきますね』 「……ありがとう」  真空が顔を真っ赤にして、小さく呟いたのを聞いて、明塚くんは電話を切った。 「……違うって」  真空は心の底から嬉しそうに赤い顔で笑って、僕にそう言った。分かりやすいな、僕はそう思って、思わず笑みをこぼしてしまった。 「だから言ったでしょ、僕」  僕が言うと、真空はああ、と頷いた。何はともあれ、真空が幸せそうでよかった、そう思いながら僕はまた眼下の二人を見た。――夏目くんは隣でこの会話を聞いていて、どう思ったんだろう、ふとそんなことが気になった。

ともだちにシェアしよう!