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2彼は君とどこか似ている
「じゃあ伊織、俺は平太と一緒に帰るから」
「……ああ、うん。よかったね」
きらきらした笑顔で言うと、真空は校門で待つ明塚くんの元へ走っていった。全身で「好き」を表しているような姿に、僕は思わず苦笑した。あそこまで分かりやすいともう、わんこだ。
きっとあれが真空の自然体なんだろうな、と思う。父親の厳し過ぎる教育のせいで、普段は表情の伺えない無表情で、無感動だと思われがちだが、実際は感情豊かなのを僕は知っている。だから、真空にあそこまで自分を晒け出せる相手ができてよかった。
真空と明塚くんが一緒に帰っていくのを横目に、僕はイヤホンで音楽を聴きながら単語帳を開いて、帰宅路についた。聴く音楽は、kenjiっていうアーティストの曲をシャッフルで。昔から好きで、この話をするたびに真空に呆れられてしまっている。
音楽を聞き流しながら単語を覚えていると、ふと、曲と曲の間で聞き覚えのあるメロディが聞こえた気がした。一時停止して少しの間聞くと、それはまさにkenjiの曲だった。誰かが微かに歌っているようだ。
イヤホンを片耳外して立ち止まって周りを見回すと――、歌を口ずさみながら歩く夏目くんがいた。目が合うと、夏目くんは軽く会釈した。
声をかけたくなって、ふと夏目くんに呼びかけた。
「……夏目くん、だよね? 今歌ってた歌ってさ……」
少し驚いたように夏目くんは目を瞬くと、答えた。
「小深山先輩、ですよね。えっと、kenjiっていう人の曲なんですけど……それが、何か」
「やっぱり? 僕その人すごく好きなんだよね。今歌ってたのってドラマのタイアップに使われた――」
「ホロスコープです! 知ってるんですか! 俺この曲大好きなんですよ!」
さっきまでとは顔色を変えて、途端に食いついてくる夏目くん。それはとても生き生きした笑顔で、いつも真空と見ているあの笑顔とはどこか違う、そんなことを思った。
「だよね? 僕、今まさにそれ聴いててさ、曲と曲の間にそれが聞こえたから驚いて、思わず声をかけちゃった」
「そうなんですか! うわーっ、知ってる人がいるなんて超嬉しいっす! あ、あの、小深山先輩が好きな曲ってどれですか?」
「僕はね、ホロスコープも好きだけどアストロとか万華鏡とか――」
kenjiを知っている人が今までいなくて嬉しかったが、多分それは彼も一緒だったのだろう、ほぼ初対面に関わらずひとしきり盛り上がった。そうしてから、ふと疑問に思ったように夏目くんが尋ねた。
「あのそういえば、どうして俺の名前知ってたんですか? 小深山先輩は有名だったから俺は知ってたんすけど」
「僕はほら、真空の幼馴染だから、真空の影響で顔と名前を覚えちゃって」
そう言うと、ああ、と夏目くんは顔を暗くした。その顔を見て、僕は以前から疑問に思っていたことを聞いてみたくなった。――明塚くんは夏目くんとはそういう関係ではないと頑なに否定している。なら、当の夏目くんはどう思っているのだろう、という。
「……ほぼ初対面ですごく失礼なことを聞くけど、君って明塚くんが好きなの?」
僕は思い立ったらあまり悩まない。だから、思いついてすぐに尋ねてしまった。夏目くんは「俺がっすか?」と意外そうに聞き返して、途端、おかしそうに笑い出した。
「ないない! 絶対ないっす! あいつとはそーゆーのじゃないんですよ、恋とか愛とかじゃなくて――仲間、とか、相棒、とか、そんな感じです」
ならどうしてさっき、あんなに暗い顔をしていたんだろう――そこまで聞けるほど、僕は図々しくなかった。だから僕は、そうなんだ、とだけ答えた。
夏目くんは不意に携帯で時間を確認すると「すみません!」と僕に頭を下げた。
「この後予定があるんで、失礼します!」
「ああそうなの、色々聞いちゃってごめんね」
僕がそう促すと、大丈夫っす、じゃあ! と明るく言い放ってから夏目くんは向こうへと駆けていった。
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