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3彼は君とどこか似ている
「……嬉しそうだねぇ、真空」
真空はその言葉に、にこにこしながら頷いた。明塚くんからお望みの手作り弁当をもらって、真空はたいそうご満悦だった。
「料理上手いんだっけ、明塚くんって」
ああ、かなり上手い、と答える真空に、ふうんそっか、と答えながら、僕は中庭から教室を仰いだ。明塚くんと夏目くんと加賀美くんと会長が窓際で昼食を食べているのが見える。一体どんなことを話しているのだろう、そんなことがふと気になった。
「どうした?」
真空に尋ねられて初めて、手を止めてぼうっとそれを眺めていたことに気付いた。
「いや……明塚くんたちがいるなぁって思って」
真空はつられて上を見上げて、その拍子に明塚くんと目が合い、嬉しそうに手を振った。明塚くんがそれを見て手を振り返すと、真空は「かっこいい……」と呟いた。真空は相変わらず、明塚くんが大好きだ。日に日にそれは悪化していくように感じる。今のなんてただ、明塚くんは手を振り返しただけだというのに。
真空はそれから、はっと我に返って、少し恥ずかしそうに咳払いをしてから尋ねた。
「最近、よく平太を見てないか? ……何でだ?」
訝しげな真空を見て、僕は思わず笑った。突拍子も無い想像は勘弁してほしい。
「やだな、変な想像しないでよ。ただ……何となく明塚くんたちが気になって。何でだろうね、僕も分かんないや」
「そうか……」真空はまた問いかけた。「……平太を見ている訳じゃないのか?」
「そんな訳ないでしょ、何で僕が明塚くんを見なきゃいけないの」
答えると、真空は少し納得がいかない様子で、それでも頷いた。
確かに、どうして僕は明塚くんたちが気になっているんだろう。考えたが、答えが出なかったので保留にして、僕は昼食を食べ始めた。
『それ』を見たのは、予備校に行く途中だった。いつもいく道が工事中だからと、治安が悪いからと避けていた道を仕方なく通っていたその時、見覚えのある人影を見た気がしたのだ。色素の薄い髪と華奢な人影――よく見るとそれは、夏目くんのようにも見えた。
ふとそれを追いかけると、その人影が傍らにいる背の高い人影と、ホテル街に入っていくのが見えた。――どうして夏目くんが、そんなところに。そう思いこそしたが、夏目くんじゃないのかもしれない、それかもしくはホテルに行っている訳じゃないのかもしれない、と思い、僕は見なかったことにして先を急いだ。
まさか、と思ったのだ。その時は。だけどその想像を事実だと裏付けるものを、それから数日後に僕は見てしまった。
予備校に向かう時はいいのだが、ちょうど帰る頃の時間は、この辺は『夜の職業』の人がちらほらと現れてくる。それを不安がった両親が送り迎えをしようかと持ちかけたのを断って、僕は一人で歩いていた。子供扱いされたくなかったのだ。それにどうせ、工事もそんなにかからずに終わる。少しの間の辛抱なのだ。
そうはいってもあまり気分のいい場所じゃない。早足になってさっさと通り過ぎようとした時ふと、視界の端に見覚えのある姿が見えた。まさか、と、数日前の想像が蘇る。
慌ててそれが見えた場所まで戻ると、そこには――僕の父親くらい、下手すればそれよりも年上の男に肩を抱かれて、ホテル街の方面から来る夏目くんがいた。
まず父親か、と思ったけれど、一人暮らししているという話を聞いたからそれは違う。次に付き合ってるのか、と思ったが、こんな年上の男と付き合う男子高校生は考えにくい。なら……一番現実味のある考えは、一番最悪な選択肢だった。
その男と話しながら、ふと前を見て、夏目くんは僕と目が合った。途端、表情が凍りつく。
「あ、……せん、ぱい」
その恐怖の色すら見える表情を見て、一番最悪な選択肢が事実なのだと悟った。どうして――と考えるよりも先に僕は、夏目くんの腕を掴んで、無理やりその男から引き剥がすように手を引いていた。
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