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4彼は君とどこか似ている

「おい待てよ、何だお前は!」  怒号と共にその男が腕を掴んでくる。僕はとっさにその男の腕を捻り上げた。僕の見た目のせいか、その男はまさか捻り上げられるとは思っていなかったようだ、痛い痛い! と大げさな声を上げた。 「どういう関係かは知りませんが、彼に気安く触らないでいただけますか」  すると彼は何を思ったのか「誤解だよ」とへらっと笑った。 「無理やり連れ込んでなんかいないよ、僕と彼は同意の上でしたんだ。ねえ?」  俯いている夏目くんの顔を横目で見る。夏目くんの顔は強張っていた。抵抗する様子がなかったから、確かに合意の上だったのかもしれない、だが――その男と夏目くんが恋仲にあるのだったら、こんな顔はしないだろう。 「君こそ誰なのか知らないけど、邪魔はしな――」  無言で睨むと、その男は萎縮したように黙り込んだ。その隙を逃さず、僕は夏目くんの手を引いて早歩きでその場から離れた。夏目くんは抗う様子は見せず、黙って手を引かれるままに歩いた。 「……あの……小深山、先輩」  治安の悪い場所から離れて、人気の少ない公園の入り口まで来て立ち止まると、夏目くんは顔を上げずに、固い声で言った。 「君さ、援交してたんだね」  夏目くんはさらに俯いた。図星だったようだ。 「――お金がないの?」  その言葉は意外だったのか「え?」と訊き返して夏目くんは顔を上げた。 「お金がないなら何もこんなことしなくても、他のやり方はいくらでもあるでしょ。うちの学園はそれなりに奨学金の種類があるんだし、いくつか申請すれば学費の負担はかなり軽くなるはず。それでも辛いなら僕が特別に学費の免除を取り計らうことだってできる。それから生活費が不安だっていうなら――」 「ま、待ってください、お金なら大丈夫です! ちゃんとありますから」  慌てたように夏目くんが遮る。遠慮しているのかと思い、僕は「大丈夫だよ」と続けた。 「僕は給食を廃止にしたり制服を変えたり生徒指導をなくしたり、他にも色々好き勝手なことをやってきたから、今更一人の生徒の学費を免除したところで何も言われないし気兼ねすることはないよ」  そう言ったが夏目くんは「そうじゃなくて……」と歯切れの悪い言い方をした。 「ならどうして? 何か他に理由でも……もしかして、ただ単にそういうことが好きなだけ?」  一瞬、本当に一瞬迷うように視線を揺らすと、夏目くんはへらっと笑った。 「そうなんすよ、俺実はセックスが好きで、んでどうせするならお金もらえた方が得かなぁって」 「嘘でしょ、それ」  今一瞬見せた顔は確かに、それは違う、と物語っていた。案の定、夏目くんは驚いたように目を見開くと、それでもなおへらりと笑顔を浮かべた。 「やだな、嘘じゃないですよぉ。幻滅しました? セックス狂いってのが本当の俺で。……変に気遣わせちゃってすいません、でも俺は大丈夫なんで、」 「それも嘘だ。……違う?」  違いますって、夏目くんはそう笑顔を浮かべ続けた。違和感はない、いつも通りの笑顔だ――そう思ってふと、どうして自分がことあるごとに『真空と夏目くんは似ている』と思ったのか、分かった気がした。

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