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5彼は君とどこか似ている

 昔真空はあまり勉強ができなかった。それのせいで真空は、父親からはよく落ちこぼれと詰られていた。一族の恥だ、この出来損ないが、お前のような馬鹿に育てた覚えはない、そんなことを言われていたと聞いた。  全てにおいてトップに君臨しなければならない、常に完璧であれ、そう言われ続け重圧に耐え続けるため真空はどうしたか――簡単だ。無表情で全てを覆い隠し、辛いという自分の気持ちすらなかったことにしてしまったのだ。  何事にも動じない完璧超人、という立ち位置を頑なに守り続けるため作り続け、ついにはそれが自然な状態となってしまった真空の無表情――それは、夏目くんの笑顔と似ているのだ。  僕は夏目くんのことを真空から聞いた分しか知らない。だけどそれでも分かるくらい、夏目くんの境遇は悲惨だった。だから、辛くないはずがない。それでも笑顔を浮かべ続けるのは――間違いなく強がりだ。  似ているんだ。一見、クールな真空と明るい夏目くんじゃ、正反対だ。だけど、誰にも弱みを見せたがらず頑なに隠そうとする姿は、似ている。 「……話なら聞くから。援交なんてしたら絶対、悲しむ人がいる。だから、そんなこと――」 「いないっすよ、そんなん。そんな風に思ってくれる人なんて、きっと誰も」  軽く笑い飛ばそうとしたのだろうが、その声色には哀しい色が混ざっていた。その声色があまりにも切なくて、「そんなことない!」と思わず僕は否定していた。 「少なくとも僕は、君がこんなことしてると悲しいよ。……強がってるでしょ、夏目くん。だって、さっき浮かべた笑顔とkenjiの話をしてる時の笑顔、違うから。今の夏目くんは心から笑ってない感じがする。だから見てて心配になるんだ」  言いながら、ああ、と気付いた。僕は夏目くんが気になる訳を知りたかった。けれど今、その訳に気付いた。  ……そうか、僕はずっと、夏目くんが心配だったんだ。親との軋轢に苦しんで辛そうで、それでも何ともないって顔をしていた頃の真空と似ていたから、何だか放っておけなくて、それで気になっていたんだ。  夏目くんは瞬きをして、呆然と呟いた。 「……しん、ぱい……?」  まるで初めて聞く言葉のように。その時、笑顔の仮面が外れた。 「うん、心配だ。夏目くんとは趣味が合うしもっと親しくしたいと思ってるから、君が傷付いている姿を見るのは嫌だ。それに君は、強がり方が真空と似てるから、余計心配になる。……明塚くんに吐けるならそれでもいいけど、明塚くんに言いにくいことで苦しんでることがあれば、聞くよ」 「……しんぱい……心配……」  噛みしめるように何度か呟くと、よろよろと夏目くんは僕の顔を見上げた。はっとするほどに真剣な瞳だった。 「……俺は、一人ぼっちじゃないんですか」 「――何言ってるの、君の周りにはいつだって人がいるでしょ。会長とか加賀美くんとか、明塚くんだっている。それに今は、僕がいる」  夏目くんは、目を見開いた。何か言おうと口元がわなないたが、何事かを発する前に、ぼろ、と瞳から涙がこぼれた。立て続けに雫は溢れ、それに気が付いたのか夏目くんは頰に手を触れ、あれ、と笑った。滲んだ声だった。 「何で、俺、泣いて――」  その先を夏目くんが続けなかったのは、僕が黙って夏目くんを抱きしめたからだ。僕はぎゅっと胸が締め付けられるような衝動に駆られて、抱きしめて、落ち着かせるように背中を叩いた。 「大丈夫、大丈夫だよ――。僕に何でも言っていいよ、それで君が楽になるなら」  夏目くんは子供みたいに嗚咽を漏らした。漏らしながら、悲痛な言葉を絞り出した。 「俺っ……寂しくてっ……誰にも必要とされないの、辛くて、苦しくて……セックスしてる時だけ、必要とされてる、って……感じるから、やめられなくて……でも本当は、セックスなんか、じゃなくて……本当はっ……! ……大丈夫だよ、って、誰かに、言われたかっただけ、なんです……大丈夫、君は……ここにいて、いいんだよ、って……っ!」  ――僕は薄っすらとしか夏目くんの事情を知らない。だけど夏目くんはやっぱり、ずっと苦しかった、そのことだけは分かった。だから僕は、夏目くんにこう伝えた。 「ここにいてもいい、なんて、許可を得るまでもないじゃないか。そんな許可を得るまでもなく、君の居場所はちゃんとある。それは、遠くから見てる僕でも分かるよ。だから……だから、大丈夫だ」

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