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6彼は君とどこか似ている

 平太への罪悪感と自己嫌悪で、胸が痛い。だけどそれ以上に、途方もない寂しさに押し潰されそうになる。こうでもしないと自分を保っていられない。だから、しょうがない。――言い聞かせても、その苦しみが消えるはずもなかった。 「真空さん? そんなに不安だったんですか?」  平太は楽しそうに電話の向こうの恋人へと話しかける。その顔からは愛しさが滲み出ていて、本当に楽しそうだった。あの頃の平太とは、違う。改めてそう思い知らされる。 『あーあ、こんなに頑張ってんのに、なーんも楽しいことねえなー、この先もずーっとこうなんだろうなーっ、いっそのこと隕石でも降ってきて、ぜーんぶなくなっちゃえばいいのに』  平太はよく、上を仰いで自暴自棄にそう吐き捨てていた。よく覚えている。 『また言ってるよ』と俺が呆れると、平太はいつも『だってさぁ』とだるそうに続けていた。 『何もかも面倒くせえから。あいつらに合わせんのも、皆に親切にするのも、楽しそうなふりするのも、学校に来るのも、……もうこうやって息してるのすら面倒くせえな』  平太はそうやってぼやいていて――いつも笑顔で明るくて、上手く立ち回って、だけど全てにおいて冷めていてつまらなそうだったあの頃の平太とは、別人のようだった。 『ああ』と前園先輩の声を聞くと、平太はふっと笑った。仕方ない人だな、という慈しみが込もっているように見えた。 「それならそうと言ってくれればいいのに。……違いますよ、雫はただの幼馴染です」 『……本当に?』 「本当です」と平太は言い、また笑った。心底愛しげで、好きだ、という気持ちが溢れ出していた。 「そういうところ、本当可愛いですね。好きですよ。……弁当、食べたいなら明日作って持っていきますね」 『……ありがとう』  平太は電話を切り、それから深くため息を吐いた。それは決して嫌なため息ではなく、先輩が好き過ぎてどうしよう、というニュアンスのため息だった。平太は俺に気を遣って、前園先輩の話題を出さない。でも平太が幸せそうなのは、時々見せるこういう姿で、嫌でも分かる。  幼馴染なら、喜ぶべきだ。分かってるし、もちろん平太が幸せなのは嬉しい。今まで苦労してきた分が報われたのだと思う。だけど、素直には喜べない嫌な自分がいる。  だって、平太がいなくなれば俺は一人ぼっちだ。それなのに、平太はいつの間にか遥か遠くにいて――。  大丈夫、俺は一人じゃない、だってまだ平太がいるから……そう消えたい自分を騙し騙しどうにかやってきたのだ。だけど平太が幸せになってしまえば、俺はきっともう必要ない。  平太がいなくなれば俺には何が残る? その問いかけの答えはいつも一つ――何もない。誇れる特技も楽しい趣味も大切な人も俺には何もない。目眩がするほどに空っぽだ。強いて言うなら、体しかない。  とても醜いと思う。孤独が嫌だ、だから平太には幸せになってほしくない、なんていう自分のエゴが。そんなエゴを悟られたくなくて、俺は無理して笑って、息がつまる空っぽの中で息をするために体を売って、安心して、だけどさらに息ができなくなって……泥沼のサイクルだ。分かってる、分かってるけど、どうしようもない。 「……おい雫、全然減ってねえじゃん。一口しか食べてないだろ?」  少し不機嫌な平太の声で、我に返った。慌てて俺は笑顔を浮かべた。 「だってさーっ、お腹全然空かねえんだもん」  いつものことだ。物を口に入れる、という行為が少し苦手なのだ。あまり食べ物を美味しいと思ったことがない。もう生きていたくないという体からの意思表示なんだろうか、そう思うと、笑える。いや、笑うしかない。  平太は、うんざりしたようにため息を吐く。  市販の食べ物じゃ添加物が多いせいかお腹を壊す、でも自分しか食べないのにものを作る気がしない、そんな虚しいことはしたくない。だから、平太が作ってくれでもしないときっと俺は、何も食べない。それが分かっている平太がわざわざ弁当を作ってくれているのに、それでもなかなか食べられない。そんな自分が嫌になる。 「そんなのいつものことだろ。ほら、いいから口開けろ。これ以上痩せたらやばいだろ、お前死にてえの?」  言いながら、平太は卵焼きを箸で掴んで俺の口に寄せてくる。お前死にてえの――その問いに俺は答えられなかった。そんな訳ないじゃーん、そう笑おうとしたが、そんな白々しいことを咄嗟には言えなかった。  押し黙った俺を見て、平太は「しまっ……」と慌てたように呟いた。それから、わざと不機嫌そうな声を出した。 「この俺がせっかく丹精込めて作った弁当を残すつもりかよ? あーあ、俺かわいそうだなぁ、雫が食べてくれないと俺泣いちゃうなぁ」  平太の気遣いに気付いて、一瞬情けなくなる。それから、いつも通りに笑ってみせた。 「うっざぁ、親切の押し売りとか超迷惑なんですけどーっ。まあ仕方ねえから食べてやるよ」

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