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1正反対の恋の形

 小深山先輩はあれから、頻繁に俺のことを心配してくれた。また援交をしていないかよく確認してくるし、都合が合う時は一緒に帰ってくれるようになって、辛いことがあったら何でも言っていいと言ってくれた。  一度、夜中に訳もなく押し潰されそうなほどの孤独感に襲われて、小深山先輩に連絡をしてしまったことがあった。送った直後に猛烈な後悔が沸き起こって、すぐに何でもないですと送ろうとしたら――唐突に電話がかかってきたのだ。恐る恐る電話を取ると、 『どうしたの? 話聞くよ』  と小深山先輩は何でもないように尋ねてきた。起こしてしまったのかもしれないと思って謝ったが、小深山先輩は電話越しに苦笑を漏らした。 『いつでも話聞くって言ってるんだから、これくらい構わないのに。そもそも起きてたしね、勉強してたから』 『……すいません、勉強の邪魔っすよね。ごめんなさい、何でもないんですぐ切り――』 『だから、君はいつも謝り過ぎ。何でもなかったら連絡なんてしてこないでしょ。……どうしたの? 勉強しながらでよければ、いくらでも話聞くから』  小深山先輩の言葉に負けて、俺はぽつぽつと話し出した。そしたら止まらなくなって、零れるように話をしていたら、いつの間にかだいぶ時間が経ってしまっていた。それを謝ったが、小深山先輩はいいんだって、と笑うばかり。 『君が楽になったならいいよ。僕は苦痛だとは思ってないし。もう大丈夫?』 『大丈夫です、すいません……』 『だからさ、そのすぐ謝る癖どうにかしな? 君は悪いことなんてしてないでしょ。まあ、君らしくていいけどね。……じゃあ、おやすみ』  その声が暖かくて、俺はまた泣きそうになった。小深山先輩といると、涙もろくなってしまう。泣いても受け止めてくれると安心してしまっているからだろう。  小深山先輩なら大丈夫だと安心して、頼って、弱音を吐いて……最初のうちは良かった。今までにないくらい心が軽くて、世界が彩度を増したように思えた。だけどしばらくすると、心の内で知らず知らずのうちに依存してしまっていて、その感情を何とかかき消そうと躍起になって、むしろ前よりも苦しくなった。  だんだん小深山先輩の存在が大きくなっていって、何をしていても頭から離れなくて、そのうち過度な期待をしてしまうようになって、ついには不相応な独占欲まで湧くようになってしまった。それが恋かもしれないと気付いたのは、少し前だ。恋なんて言っても淡く可愛らしいものじゃない、依存心と独占欲に満ちた醜いものだ。  だけど好きになればなるほど、今まで見えなかったものが見えてきた。小深山先輩の周りにはいつだって人がいて、誰かに囲まれているのだ。――そりゃそうだ、あんなに綺麗で優しくて、だけど自分の考えは曲げずにちゃんと主張するようなかっこいい人、人気にならないはずがない。名前を出す度に少し苦い顔になる平太ですら、そのことは認めていた。  そのことに気付くと、もう駄目だった。俺には小深山先輩しかいないとしても、小深山先輩にはたくさんの人がいるんだ。俺の弱音も気まぐれで聞いてくれているだけに違いない。ああそうか――俺はあの人がいないと困るけど、あの人は俺がいなくても何ら困ることはないのか。やっぱり俺は一人なのか。  そんな考えに至ると、前よりも遥かに苦しくなった。平太に小深山先輩のことを相談するのも気が引けて、そうするともう誰かに頼るなんて考えられなくて、……気付いたらまた、援交に手を出していた。  多分、俺はまた小深山先輩に心配してほしかったのだ。また心配して、俺のことをもっと気にかけてほしかった。大多数のうちの一人じゃなくて、特別な一人になりたかった。  俺は馬鹿だ。こんなことしても何にもならないのに。こんなことするくらいだったら、もっと小深山先輩といる時間を増やした方がずっといいのに。  なんてことを考える余裕もなくて、そのうち一人の家に帰るのがまた苦しくなって、学校に行くのすら苦しくなって、家にも学校にも行かず、ふらふらと男の家を渡り歩いていた。  まるで母親みたいだ。あんなに大っ嫌いだった母親と同じようなことを俺も今してしまっている。俺はなんて馬鹿なんだろう。人一人にまともに頼ることすらできないなんて。そう自分を詰る声が鳴り止まなかった。  ――そんな爛れた生活は、突然思いもよらぬ形で終わりを告げた。

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