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2正反対の恋の形

 最近、夏目くんと会わない。いつもは明塚くんと登校してくる姿を見かけるのに。それが少し寂しいし、気がかりだ。 「……伊織、どうしたんだ」  真空が不安げに声をかけてくる。 「いや……夏目くん、いないなぁって。どうしたんだろう。いつもはどんなに具合が悪くても絶対来るのに」  休んだら次の日に俺の居場所がなくなってる気がするから休めないんすよ――そう茶化すように夏目くんは言っていた。そんな夏目くんが十日ほども休むなんて、少し考えにくい。  夏目くんは最近、頼ってくる回数が減ってきた。普通に考えれば安心できるのだが、もし僕にすら頼れなくなって、また一人で苦しんでいたらどうしよう――とも考えてしまう。夏目くんが苦しんでる姿を見るのは、何を差し置いても一番嫌だ。  夏目くんは謝る必要なんて微塵もないようなところですらよく謝るし、どう考えても他人が悪い場面で自分が悪いのだと落ち込むし、すぐに遠慮して無理に笑う。夏目くんみたいなタイプの人間は、むしろ嫌いな部類のはずだった。自分に自信がなくてなよなよしてるのは見ててムカつく、もっと自分の意見を主張すればいいのに――と。  僕があまり悩まないし気に病むことも少ないし自分に自信があるタイプだからか、夏目くんが何をそんなに遠慮しているのか、よく理解できないのだ。不安にならなくても、ちゃんと夏目くんを好きでいてくれる人はたくさんいるのに、そう思う。  だから、本来だったら僕は、そんな悩みを相談されても、そんなもの自分で解決しろ、と一刀両断してその先は聞かないはずだった。夜中に『すいません、今話せたりします?』と連絡されたら、こっちは勉強しているのに、とキレていたはずだった。  僕は別に世話焼きでもお節介でもない。自分に得がなければ放っておくはずだった。誰だって自分のことで忙しい、他人の世話まで見る義理はない、と。  それがどうだ。自分で解決しろ、と言うどころか、僕の方から心配してしまっている。夏目くんといる時はもちろん、いない時だって、夏目くんは大丈夫だろうか、また援交に走って自分を傷付けていないだろうか、と心配している。  夏目くんは遠慮し過ぎて、どんなに辛くてもなかなか頼らない。それがもどかしくて仕方ないとすら思うし、頼ってくれるとそれだけでとても嬉しい。それから、もっと僕を頼りさえすれば僕は何でもしてあげられるのに、僕なら絶対不安になんてさせないのに、と思う。  僕はもっと、夏目くんに頼ってほしいのだ。夏目くんとは正反対なので、頼られないと何をすればいいのか分からない。だけど夏目くんがしてほしいと頼むなら、夜中に電話をかけてきたって勉強そっちのけで何時間だって話を聞いてあげられるし、何度だって大丈夫だよと抱きしめてあげられる。  この気持ちが何なのか、さすがにもう、見当がついていた。僕が優しいから、お人好しだから、お節介だから、夏目くんを心配しているのでは決してないのだ。夏目くんでなければ間違いなく放っておく。夏目くんだけだ、こんなに心配できるのは。  ――それが恋でなくてなんなのだろう。  きっかけは真空とどこか似ていたから。だけど今は、真空がどうじゃなくて純粋に、夏目くんが好きだ。どうにかこれを、伝えたい。そうすればきっと夏目くんは、もっと僕を頼ってくれるはずだから。  そう思いつつも、きっかけが掴めなくて伝えなかった。……だから、そんなことになってしまったのだろう。 「――小深山先輩いますか」  昼休み、いきなり誰かが扉を開けて教室に入ってきた。扉の方を振り向くと、そこには明塚くんがいた。 「僕に何の用?」  問いながら明塚くんに近付くと、明塚くんは怖いくらいに真剣な顔で、僕と目を合わせた。 「話があります」  真空の方を振り向くと、真空は怪訝な顔ながらも頷いた。よく分からないが、行ってこい、と言うように。 「分かった。じゃあ人がいないところに行こうか。付いてきて」

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