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3正反対の恋の形
明塚くんを連れて僕は、元生徒指導室、風紀委員の部屋に来て鍵を開け、中に入るよう促した。明塚くんが苦い顔をしている。――そりゃそうだ、ここはかつて、僕が明塚くんに『真空と別れろ』と言った部屋だから。
「ここしかなかったんだよ、ごめんね」
「いや、大丈夫です……そうですよね、人がいないところっていったらここになりますよね」
ドアを閉めてからしばらく明塚くんは、苦虫を噛み潰したような顔で辺りを眺めていた。だが、ふっと顔を引き締めると、明塚くんは僕に向き直った。
「単刀直入に聞きます。――先輩は、雫のこと、どう思ってるんですか」
「……夏目くん? それって、どういう――」
「答えてください」
痛いくらいに真剣な眼差しに射られ、僕は困惑した。どう答えればいいか分からず、お茶を濁すように僕は答えた。
「そりゃ、好きだよ?」
明塚くんはしばらく品定めするような視線を向けると、「分かりました」と呟いて、いきなり腰を折って僕に頭を下げてきた。
「お願いします、先輩の雫への『好き』がそういう『好き』なら――もう、雫に関わらないでやってください」
「――はあ? どうして? どうして君にそんなことを言われなきゃいけないの?」
唐突に言われ、思わず眉を寄せてきつく問い返した。しかし明塚くんはひるむ様子も見せず、答えた。
「俺があいつの幼馴染だから、それからあいつが苦しんでるからです。……お願いします、雫のために、もう関わらないでやってください」
理由も告げられぬ身勝手な言葉に、僕はふつふつと怒りが湧いた。
「幼馴染だから? 苦しんでるから? 夏目くんのために? ……随分身勝手なんだね。君は今、自分がどんなことを言っているか、分かってる?」困惑した様子の明塚くんに、告げた。「今の君、前の僕みたいだよ。真空のために別れろって言った僕に」
明塚くんは途端に顔を引きつらせた。訳も分からずこんな身勝手なことを言われたのだ、少しくらいトラウマを抉ったとしても僕は悪くない。
だがやがて明塚くんは「……そうですよね、理由も話さずこんなこと言ったら」と頷いて、話し始めた。
「雫の家庭事情って、知ってます?」
「……まあ、うっすらとはね」
いきなり話題が変わり戸惑うが、頷いた。
「……そういう家庭事情だからあいつ、まともに愛されたことも心配されたこともなくて。だから小深山先輩に心配してもらえたの、すごく嬉しかったらしいです。その後も色々話聞いてもらったり、あと趣味が合うからそういう話をしたりした、っていつになく楽しそうに話してました」
「なら何で、関わるなって――」
当然の疑問として湧き上がってきたそれを口に出すと、明塚くんは、でも、と続けた。
「あいつ、ここ十日くらい学校に来てないじゃないですか。……あれ、学校に来てないだけじゃなくて、家にも帰ってないんです。適当な相手を見繕って家に帰らなくて済むようにしてるんですよ」
あまりに予想外の言葉で、僕は間抜けに口を開けてしまった。
だって、夏目くんの様子に特に変わりはなかった。強いて言えば、最近頼る回数が減ってきたくらいで――そこまで考えて僕は、ある可能性に行き着いた。もしかしたら、頼る回数が減った、それ自体が彼のSOSサインだったのかもしれない。
「雫を心配してくれて、助けてくれたのには感謝します。でも、先輩はその『先』を考えてましたか? あいつに自分を頼ればいいから、って声をかけるってことは、あいつの今まで辛かった記憶も、愛されたいっていう苦しみも、全て一緒に背負ってあいつを愛してあげるってことなんですよ? ……俺にはそれはできなかった、だからあいつが苦しんでるのを全部分かってて、あえて見ないふりをしてたんです」
明塚くんは淡々と話し続けた。その裏にはどんな悲痛な覚悟があったのだろう。
「小深山先輩には、雫の全てを一緒に背負うっていう覚悟がありますか? ないならもう、関わらないでください。……あいつ、多分先輩なら、って期待して、でも先輩じゃ本当の意味で自分を支えてくれないって思って、それで余計傷付いて、家にも学校にも行けずに――雫のことを支えてくれとは言いません、でももうこれ以上、あいつを傷付けることはしないでください。お願いします」
明塚くんの視線は鋭くて、強い覚悟がこもっていた。
良かれと思ってしたことだった。だけどそれが、かえって夏目くんを傷付けてしまったのか。後悔が僕を襲う。
夏目くんには、ただ心から笑って欲しかった。そのために僕は何だってするつもりだった。でもそれは、夏目くんには伝わりきらなくて、それで余計夏目くんを傷付けてしまったのだろう。半端な優しさほどむごいことはない。
ならどうすればいいか――それは明確だ。僕の気持ちを全て伝えればいい。伝えた上で、もっと僕を頼れと、僕に頼ってくれれば必ず僕が幸せにすると、そう告げればいい。
「――覚悟ならある。僕は夏目くんが好きだから」
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