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4正反対の恋の形
「半端な『好き』は雫のためになりませんから。……もし先輩が簡単に心変わりしたら、雫は傷付いて、今度は何をするかわからない」
「僕が半端な気持ちで『好き』って言ってると思ってるの? 僕が一度誰かを好きになったら何があっても諦めないし、ましてや簡単に心変わりするなんてありえない。そのことを、君は身を以て知ってるはずだけど?」
厳しい表情の明塚くんにそう言うと、明塚くんは口ごもった。明塚くんは考え込むとやがて、そうでしたね、とおもむろに頷いた。
「……絶対、ですよね」
明塚くんが念を押す。絶対だ、と首肯すると、明塚くんはさらに、痛いくらいに真剣な表情で重ねた。
「もしそれが嘘になったら、もし雫が今までよりも不幸になったら、俺が絶対許しませんから」
「分かってるよ。夏目くんは僕が必ず幸せにする」
強い意志を込めて、明塚くんと目を合わせた。僕と明塚くんはしばらく無言で視線を交わした。確認し合うように。
やがて明塚くんは――不安から解放されたような、晴れやかな笑顔を見せた。
「よかった……これでようやく、雫は……」
そして明塚くんは、よし、と頷いて、突然携帯をポケットから出し、電話をかけ始めた。どうしていきなり、誰に――と思いながらも僕は、無言で見守った。
「……もしもし、雫?」
かけた相手は、夏目くんだった。夏目くんの訝しげな声が聞こえた。
『……平太? どしたのいきなり』
「いやさ、今日気付いたんだけどお前、学校に大事なもん忘れてたぜ? 渡したいんだけど今どこにいんの?」
『どこって……今は駅前のロータリーだけど、俺なんか忘れてたっけ? 何忘れてた?』
「おー、すっげえ大事なもん忘れてたぜ。とりあえず渡すから、ちょっとそこにいろ」
『……んん、まー分かった、待ってる』
夏目くんのその声を聞いて、明塚くんは電話を切り、僕に向き直った。
「雫は今、駅前のロータリーにいるそうです。……雫に、今俺に言ったこと全部、直接伝えてやってください」
その言葉を聞いて、一つの仮説が浮かんだ。――まさか明塚くんは、夏目くんの居場所を聞き出すために、忘れ物をしてたなんて嘘を吐いたのか。
「僕が行っていいの、それ?」
「俺が行ってどうするんですか。今の俺の言葉じゃあいつに届かないけど、小深山先輩の言葉なら、絶対届きますから。……雫を頼みますね」
明塚くんの思いを汲み取って僕は、もちろん、と答え、教室を出た。
夏目くんは確かに駅前のロータリーにいた。携帯片手に所在無さげに佇んでいた。僕にはそれがなぜか、今にも消えて無くなってしまいそうなほど儚げな姿に見えた。
「――夏目くん!」
夏目くんは声の出所を探すように辺りを見回すと、僕と目が合い、呆気にとられたように口を開けた。
「……小深山、先輩。何で……」
僕は夏目くんにつかつかと歩み寄り、何も言わず、抱き締めた。心配になるほど薄い体だった。
「ごめんね、苦しかったんだよねずっと。気付いてあげられなくてごめん」
「……何が、ですか」
夏目くんは問いかけた。消え入りそうな弱々しい声だった。
「明塚くんから全部聞いた」
そう一言告げると、夏目くんは息を呑んだ。それから、痛みに耐えるように言った。
「……ごめんなさい、俺、もうしないって言ったのに、また……先輩が話聞いてくれてたのに、俺、全部無駄にしちゃって……本当に俺、駄目な――」
「ストップ。僕は責めてないんだから、謝らないで。……大丈夫。君の苦しい気持ちも辛い過去も、全部一緒に背負うから、もっと僕を頼ってよ」
「何で、そんなことまで……小深山先輩は優し過ぎます。俺にまでそんなこと、言わなくていいのに……」
「――あのね、君にまで、じゃなくて、君にだから、だよ」
僕は一度夏目くんを離すと、しっかりと目を見つめ、言った。
「君が好きだから。君に心から笑っててほしいから、僕はこんなことを言ってるんだ」
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