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5正反対の恋の形
俺は駅前のロータリーで平太を待っていた。居心地が悪い。平太と顔を合わせるのが気まずいのだ。
平太は俺が何をしていても滅多に口は出さない。極力個人の領域には立ち入らない、それが平太の優しさだから。でも平太が平太なりに、俺のことで頭を悩ませていることを俺は知っていた。俺のこういう行動が、平太を傷付けていることも分かっていた。また平太に気を遣わせるのが申し訳なくて、だから俺は平太と会うのが気まずいのだ。
何で自分はこんなに面倒臭い性格をしているんだろう。小深山先輩からしてみれば、俺の行動は訳が分からないだろう。どうしてまた、と失望されるかもしれない。それを考えると、怖い。怖くてたまらない。小深山先輩に失望されたくない。
なら、こんなことしなければいいのに、と、頭では分かっている。でも空っぽで、寂しくて、苦しくて、心の拠り所が『それ』しかないから、どうしようもない。
愛して欲しい。必要とされたい。真っ暗闇の中で途方に暮れて立ち尽くすような孤独感から、解放されたい。――先輩が俺だけを見てくれればいいのに。
「――夏目くん!」
突然誰かに自分の名前を呼ばれた。誰が呼んだのか辺りを見回すと、ここにいるはずのない人、小深山先輩と目が合った。
「……小深山、先輩。何で……」
小深山先輩は何も答えなかった。黙ったまま、小深山先輩は俺の方へと歩いてきて、不意に俺のことを抱き締めた。
「ごめんね、苦しかったんだよねずっと。気付いてあげられなくてごめん」
「……何が、ですか」
何で俺が謝られているんだろう。何に対して謝られているんだろう。頭の中を疑問符が埋め尽くす。
「明塚くんから全部聞いた」
全部――全部ってことは、俺がまた援交に手を出したのも、聞いたってことだろう。
どうしよう失望されていたら。嫌われてしまっていたら。『せっかく僕が話を聞いてあげてたのに、裏切ったんだね』なんて思われていたら。そしたら俺は――
「……ごめんなさい、俺、もうしないって言ったのに、また……先輩が話聞いてくれてたのに、俺、全部無駄にしちゃって……本当に俺、駄目な――」
「ストップ。僕は責めてないんだから、謝らないで」
顔を上げられなくて、俯きながらぼそぼそと謝っていると、そんな小深山先輩の声が聞こえた。恐る恐る顔を上げると、小深山先輩は、優しく微笑んでいた。
「大丈夫。君の苦しい気持ちも辛い過去も、全部一緒に背負うから、もっと僕を頼ってよ」
じん、と胸が震えた。――そうだ、俺はずっとそういう言葉を言われたかった。誰かにそう言ってほしかったのだ。嬉しくて、幸せで、だけど到底信じられなかった。
小深山先輩のは優し過ぎる。俺を心配して、そんなことまで言ってくれるなんて。だけど、そんなことを言われては好きになってしまう。過度な期待をしてしまう。
「何で、そんなことまで……小深山先輩は優し過ぎます。俺にまでそんなこと、言わなくていいのに……」
「――あのね、君にまで、じゃなくて、君にだから、だよ」
耳を疑った。君にだから、なんて、それじゃまるで――その予想を裏付けるように、小深山先輩は俺の目をまっすぐと見て、告げた。
「君が好きだから。君に心から笑っててほしいから、僕はこんなことを言ってるんだ」
好き――好き? 何で俺なんかを、こんな欠点だらけの俺を、どうして? ……俺はずっと誰かに愛されたかった、だけど実際に好きと言われると、身構えてしまう。こんな俺なんて好きになる人がいるはずないと、そう思っているから、これは何かの冗談じゃないか、と疑ってしまう。
そこまで考えて、はたと思い至った。これはただの夢だ。きっと俺は自分に都合のいい夢を見ているんだ。だって、俺にそんな幸運が舞い降りるはずがない。
「……君と僕は真反対だから、君が僕を頼ってくれなきゃ、僕は何をしていいか分からないんだ。だけど僕を頼りさえすれば、必ず君を不安になんてさせない。必ず君を幸せにする。だから、僕を信じて頼ってくれないかな。どれだけ頼られても、君なら絶対に迷惑だなんて思わないから」
冗談だと思った。それか夢だと。だけど冗談にしては小深山先輩の表情は真剣で、夢にしては小深山先輩の体温ははっきりと感じられた。
「……本当に? 本当に俺、信じていいんすか? ……俺、すごく面倒くさい性格してるし、色んなおっさんに抱かれてるような汚い体だし、多分付き合ったりなんかしたら、毎日しつこく好きかどうか確認しちゃうし……俺なんかには、小深山先輩なんてもったいないです。小深山先輩にはもっといい人がたくさんいるのに、何もこんなクズを選ばなくても――」
不安で不安で仕方なかった。信じたいからこそ、裏切られたくないからこそ、しつこいくらいに言葉を重ねた。だけど最後まで言い切れなかった。それは、言葉を遮るように小深山先輩が俺を抱き締めてきたからだ。
「そんなに自分を卑下しないで。僕は君がいいんだ。他の誰かじゃなくて、君を幸せにしたい。君がどれだけ疑っても、僕の気持ちは変わらない。――好きだよ、夏目くん。ねえ、僕と付き合ってくれないかな」
何度もなんども疑った。だけど小深山先輩は変わらず優しく抱き締めてくれていた。だから、疑う方が失礼じゃないか、そう思って、恐々と小深山先輩の背中に手を回し、そっと抱き締め返した。信じさせて欲しい、と伝えるように。
そしたら小深山先輩は、柔らかく俺の頭を撫でた。いいんだよ、と言うように。いいんだよ、僕を信じて、と。
ぼろ、と一筋涙が溢れた。そしたら止まらなくなって、堰を切ったように俺は泣きじゃくった。暖かい涙だった。
「好きっ……好き、です。俺も……先輩と、付き合いたいっ……好き……」
小深山先輩は、俺が泣き止むまでずっと、あやすように体をさすってくれた。
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