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3鈍感×鈍感

「……俺が? 平太とか和泉とか、雫じゃなくてか?」  俺は思わず聞き返した。悲しいかな、平太と和泉と雫と一緒にいると、どうしても俺は引き立て役の立ち位置になってしまうのだ。個性も顔の造形の良さも三人と比べると劣っているので、どうしても俺が埋もれてしまう。 「ですですっ! だって渉先輩、この学園のこと何でも知ってて、この学園の色んなこと、ぜーんぶ裏で操ってるんですよね?」 「……俺がぁ?」  どこでどうそうなったのだろう。俺はそんなものすごい人物じゃない。傍らの隼人が盛大に噴き出す。しかし彼は、きらきらした瞳で続ける。 「はいっ。ボク外進生なんですけど、内進生の友達に教えてもらったんです。『この学園で手を出してはいけない人は五人いる。一人は生徒会長の館野先輩、それから風紀委員長の小深山先輩、その先輩の幼馴染で何でもできる前園先輩、それからその先輩と付き合ってる紳士的な明塚先輩、そして一番すごいのは、それらの先輩を全員従えていて全ての情報を握っている渉先輩だ』って」 「いや俺の扱いラスボスかよ!? そんなやばいやつじゃねーよ俺は……」  そんなこと、入学したての平太に言ったことがあったなあと懐かしみながら、俺は突っ込んだ。他は妥当だとしても俺だけおかしい。誇張し過ぎだ。そんな噂が広まっているのだとしたら、恥ずかしすぎる。 「……嘘なんですか?」 「従えてる云々のくだりは全部嘘。情報は……全部は握ってねーよ、さすがに」 「そうなんですかぁ……。っ、でも、それでも渉先輩はすごいですっ」  相変わらず彼の瞳はきらきらしている。どうして俺をそこまで慕うのか、理解ができない。 「ボク、去年の舞台祭と文化祭行ったんです、友達がいたので。そこでハムレットを見て感動したんですっ! それから去年の先輩のクラスの一年四組の出し物の明塚先輩を見て、すっごくかっこいいなぁって!」 「……ん? 今のくだりだと、俺じゃなくて平太に憧れてることになるけど」 「あ、あのもちろん、明塚先輩もかっこよかったんですけどそこじゃなくて……ハムレットの衣装と明塚先輩が文化祭で着た衣装、全部渉先輩が作ったんですよね? 友達からそれ聞いて、ボク、すーっごく感動したんですっ! ボク、知り合いにコスプレやってる人がいるからそういうの詳しくて、だからあんなの普通高校生一人で作れるものじゃないなあ、これを作った人は天才なんだなあって……それから友達に渉先輩のこと色々聞いて、憧れになって、それで渉先輩を追いかけてここに入学してきましたっ!」  一点の曇りもない瞳で見つめられて、俺はたじろいでしまった。この後輩は何ていうか、可愛い。小動物のような可愛さがある。小さい背に大きな瞳、それから少し危なっかしい天然な雰囲気……こういうのにいちいちドキドキしてしまうのが、平太に「童貞」とからかわれる所以なんだろう。 「あのっ、ボク、律って言います! その、できれば……りっくんって呼んで欲しいなぁ。駄目ですか?」  彼が更に近付いてくる。石鹸みたいな甘い香りがふわっと漂ってきた。どき、と心臓が高鳴る。勢いに押されるようにして、俺は頷いてしまっていた。 「やったぁ! ボク、渉先輩と仲良くなれてとーっても嬉しいです! じゃあ、また来ますねっ!」  彼――りっくんは心底嬉しそうな笑顔で言うと、立ち去っていった。 「何か……すごい後輩だったな。な、はや――」  そう言おうと隼人の方を向くと、隼人は手で口元を押さえて、悶えていた。 「あっ……あざと可愛い後輩とヘタレ童貞先輩っ……最高かよッ……」 「おい誰がヘタレ童貞先輩だと? ふざけんなよ隼人」  ここまではっきり口にされると、さすがに傷付く。しかし隼人は取り合ってくれなかった。どころか、どこか別の世界に行ってしまっていた。  こうなったら俺にはどうもできない。だから俺はため息ひとつ吐くと、また漫画に戻った。

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