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4鈍感×鈍感
りっくんが、写真部でもない俺目当てにしょっちゅう部室に来るようになった。それはまだいい。だが、
「渉せんぱぁい! えへへっ、来ちゃいました!」
昼休みに教室までに来るのは、少し迷惑だ。だけど迷惑だと思うたびに「……お邪魔、でしたか……?」と上目遣いで尋ねてくるので、つい許してしまう。そしてその姿を平太に見られるたびに「お前本当ちょろいやつ」と呆れ顔で言われるのだ。
「あのっ、ボク、家で焼いたクッキー余っちゃって……もらってくれません?」
上目遣いでそう言われれば、免疫のない俺には頷く他の選択肢がなくなる。家で焼いたクッキー、って、まるで女子だ。可愛い。
「やったぁ! ……あ、あと渉先輩っ、これっ」
りっくんが恐る恐る差し出してきたのは、映画のチケットだった。
「あの、この映画を一緒に見たくてっ……好きでしたよね、これ?」
それは確かに、俺が写真部に入り浸っている間よく読んでいた漫画のアニメ映画化されたものだった。よく見ているな、なんて思いながら、俺は頷いた。
「ですよねっ。じゃあじゃあ、一緒に行ってくれませんか……?」
控えめに問いかけるりっくん。これもやっぱり断るなんてできなくて、勢いに押されるようにして俺は頷いた。途端、りっくんは嬉しそうな顔になった。
「やったっ! じゃあ、今週の土曜とかでいいですか?」
「今週の土曜? 急だな……まあ、いいけど」
「ありがとうございますっ! 楽しみにしてますねっ!」
そう笑顔で言うと、りっくんはぱたぱたと駆け去っていった。
席に戻ると、平太と雫が呆れ果てた顔で俺を見ていた。
「……な、何だよ?」
「いや……渉、あんな分かりやすいのに引っかかるなんてお前逆にすげえよ……さすが童貞。な、雫」
「うん……性悪女に金を巻き上げられる典型的な童貞男って感じ」
「お、お前らなぁ! 何も俺をそんなに馬鹿にしなくてもいいだろ!」
コンプレックスにしていることを容赦なく指摘されて、俺は思わず顔を歪めた。そんなに大声で童貞童貞って言わないでほしい。
和泉が口を開かないなと思って和泉の方を見ると、和泉は口をぽかんと開けてサンドイッチを口に運ぼうとしたまま静止していた。
「……和泉? 大丈夫か?」
問いかけると、和泉ははっと我に帰り「あっ、うん、大丈夫だよ」と焦って弁解した。しかし再び食事の手が止まりがちになった。また問いかけようかと思っていたその時、和泉がぽつりと尋ねた。
「渉くんって、ああいう人が好きなの?」
「はあ? 好き? 俺はあいつじゃなくて……いや、何でもない」
あいつじゃなくてお前が好き、とうっかり口走りそうになり、慌てて言い換えた。和泉は、そっか、と呟くと、僅かに上目遣いでこう言った。
「ぼ……僕だってクッキー、焼けるよ?」
ぐら、と心が揺らいだ。心臓が勝手に高鳴り出す。反則だ。可愛過ぎる。今のはどういう意味があって――都合のいい妄想が頭を巡り出すが、すぐに打ち消した。和泉に限って、そんなことあるはずがない。
「……し、知ってるよそんなん。お父さんのカフェ継ぐからって練習しててもうお菓子作りも料理も完璧だろ? この前自慢げに言ってたじゃねーか」
「そう、なんだけど……そうじゃなくて……」
もごもごと言う和泉がらしくなくて、不思議に思って俺は尋ねた。
「和泉どうした? なんかおかしいぞ」
「そ、そう? 僕はいつも通りだよ!」
「……そうか」
頷くと、隣から盛大なため息が聞こえた。平太が心底うんざりとした様子でため息を吐いていた。
「もうやだお前ら。何でそんなに鈍感なんだよ」
「鈍感ってなんだよ」
「鈍感ってどういうこと?」
同時に尋ねてしまい、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「そういうとこだって……もういい、何でもねえから」
そう言ったっきり平太は口をつぐんだ。どういうことだと問い詰めようとしたが、結局平太は口を割らなかった。
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