渉くんが最近、りっくんという後輩と仲が良い。何だか距離が妙に近いのだ。それを見るたびに、もやもやとした気持ちになる。どうしてだろう。答えは未だ出なかった。 　そんな、訳の分からないもやもやとした気持ちが燻ったまま時は流れ、気付いたら七月に差し掛かっていた。渉くんとりっくんはまだ仲が良いどころか、さらに距離が縮まっているように感じる。 　そして気付いたら、ホームルームで櫻祭について話し合う時期になった。 「はいはい静かにー。ホームルーム始めんぞ」 　渉くんがぱんぱんと手を叩く。渉くんは、平太くんの悪ふざけが主な原因でクラス委員長になっていた。最初は嫌がっていた、というか今でも嫌がっているが、それでもきっちり仕事をこなす渉くんは、すごいと思う。 「体育祭の種目はまた後で決めるとして、舞台祭は話し合いの結果……うちのクラスはこれをやることになった」 　渉くんが黒板に書いた文字は『アラジン』だった。近くにいた平太くんがほっと息を吐いた。 「よかった……去年のハムレットよりは格段に台詞が覚えやすそうで」 「ハムレットかぁ……すごかったよね、平太くん！　よくあんな難しい台詞を違和感なく言えるなあ、って僕すっごく感動しちゃった！」 「いやー、あれめちゃくちゃ覚えるのに苦労したんだぜ？　しかも一つ一つが難しいから、覚えても言うたびに噛みそうになるし。今年もシェイクスピアだったら抗議しに行くところだった」 「お、平太ぁ、役の発表もしてねーのに随分と乗り気じゃねーか」 　僕と平太くんが話していると、渉くんがにやにやとした表情で口を挟んだ。それを聞いて平太くんは、途端、ばつの悪そうな表情になった。 「いや、別に乗り気って訳じゃ……」 「まあ平太が乗り気でよかったわ。じゃあ主役のアラジン、よろしくな」 　平太くんの言葉を遮って、渉くんはそう何気なく言った。平太くんは聞き流しそうになって、少し経ってから顔を引きつらせた。 「……は？　いや、俺主役とか聞いてねえし絶対嫌――」 「今言った通り、主役のアラジンは平太にやってもらいまーす。で、他の配役とかも色々決めてあんだけど、うちのクラスに関係あるのは……雫がジャスミンってことだけか。意外と少ねーな。まあうちのクラス演劇部いないし、こんなもんか」 「……え？　待って待って、俺ジャスミン？　俺にお姫様やれって？　ふざけてんの？」 「平太がアラジンで、雫がジャスミンなのに賛成の人は挙手お願いしまーす……ほら平太、雫、お前ら以外全員手挙げてるぜ」 　当然のように反対意見を言い出した二人には取り合わず、渉くんはクラスメイトに挙手を求めた。さすがに、扱い方が分かっている。平太くんも雫くんも、全員の総意には抗えないタイプだ。渋々了承した。 「じゃあ裏方をやってくれる人。照明は得意なやつが高一にいるらしいからいいんだけど、演技指導が……本当だったら俺がやらなきゃいけないんだけど、俺衣装作るから手が回らなくて」 　という渉くんの呼びかけは、去年クラス委員長をやった生徒が引き受けてくれてすんなりと決まった。 　衣装、か。渉くんはそういえば、去年のハムレットの衣装も平太くんが着ていた衣装も、全て一人でデザインから手掛けたと言っていた。それはすごいと思うけれど、やっぱりかなりの負担なんじゃないだろうか。そう思って、気付いたら僕は、こう言っていた。 「ねえ渉くん、一人で衣装担当って大丈夫？　僕手伝おうか？」 「へ？　あ、ああいやいや、和泉は生徒会で忙しいだろうしそんな……マジで？」 「うん、生徒会の仕事がない時だけになっちゃうし、あんまり役に立たないかもしれないけど……」 「そんなことねーよ、すっげー助かる！　ありがとな！」 　心の底からの渉くんの笑顔に、なぜだか胸がざわついた。それを誤魔化すように僕は俯いた。 　渉くんはそれに気付かず、皆にこう呼びかけた。 「じゃあ次は体育祭の種目と応援団決めで――」