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6鈍感×鈍感
渉くんは最近、難しい顔をしてスケッチブックを睨んでいる。衣装を考えているんだそうだ。覗きたくてたまらなかったが、邪魔はしちゃいけないと、何も追求しないで見守っていた。
「……できたー! ……なあ和泉、これどう思う?」
ふと、渉くんがスケッチブックを上に掲げて、それから満足気な表情で頷くと、僕にそれを差し出した。ゆっくりと開いてみるとそれは、原作のイメージを崩さずそれでいて、渉くんのアレンジが色々と加わっているデザインだった。
「……すごいよ渉くん! かっこいい……!」
普段は平太くんや雫くんにいじられてばかりなのに、デザインのこととなると人が変わったように真剣になる。それから、渉くんには紛れもない才能がある。それがとてもかっこいい。
渉くんは嬉しそうに笑った後、「じゃあこれで型紙作るから、今度布買いに行くの付き合ってくんね? あと、布の裁断も」と僕に言った。僕は、もちろんだよ、と頷いた。
「やっぱり渉くん、かっこいいなぁ……将来はもうデザイナーで決まり?」
そう聞くと、渉くんは渋い顔で「そう……なんだけど」と呟いた。
「まだ悩んでるんだよなー……舞台衣装を目指すかファッションデザイナーを目指すか……あと、美大に行くか専門学校に行くかも悩んでる」
なるかどうか迷ってる、という次元の話だと思っていたから、それを聞いて僕は驚いた。それから、何となくお父さんのカフェを継ぎたいなと思っていた自分の甘さに気付いた。
「違うの? その二つ」
「全然違う。……ほら、普段着る服はデザイン性以外にも着心地とかそういうの気にするだろ? でも舞台衣装で一番大切なのは『いかに舞台映えするか』だから」
「そっか……渉くんは、どっちの方がいいの?」聞いてから、それが定まってないから悩んでいるんだと気付いて恥ずかしくなった。これじゃ、僕が馬鹿みたいだ。
渉くんはそれに気付いたのか、苦笑しながら言った。
「俺の父親がやってるのはファッションデザイナーの方でさ、それにずっと憧れてきたからそっちを目指したいって気持ちもあるんだけど、やっぱ去年の舞台祭の経験はでかかったな。自分で色々考えてデザインしたものが想像通り……いや、想像以上に舞台に映えて輝いてるの見た時、すっげー感動して、そっちも目指したくなって……んー、でも舞台衣装って一種の芸術だから、俺に向いてるのかどうかは怪しいけどな」
「……僕、詳しいことは分かんないけど、渉くんは舞台衣装に向いてると思うよ。だって去年、あんなすごいものをデザインから裁縫まで一人で作っちゃったんだもん。だから自信持って!」
渉くんは目をぱちくりとさせると、思わずといった調子で笑いを零した。
「そういうの、和泉のいいところだよな」
「そういうの? って、どういうの?」
「素直に人のことを褒められるところ。お世辞でも何でもなくって思ったことをそのまま言ってます! って感じの褒め方。俺好きだぜ、そういうところ」
好き、なんていきなり言われて、体温が上がるのを感じる。そんなにいきなり言われたら、そういう意味がないのを分かっていても、びっくりするし恥ずかしい。
渉くんはしばらくして、「あっ、いやっ、そういう意味じゃなくてその……」と慌てた様子で口ごもった。そういう意味じゃないのは分かってても、だけど嬉しかったから僕は、思わず笑顔になって言った。
「分かってるよ。でも嬉しいな、渉くんにそう言ってもらえて」
すると渉くんは突然黙り込んでしまった。「どうしたの?」と尋ねると「な、何でもねーよ!」となぜか少し怒った調子で返された。何かが癇に障ってしまったんだろうか。見当がつかないが、もしそうなら悪いことをしてしまったと思う。
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