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7鈍感×鈍感
衣装作りを通してさらに渉くんと距離が縮まったのは嬉しい。だけど、それ以上に急速に渉くんとりっくんの距離が縮まっているのが気になる。もう何度も二人で出かけたのだという。僕はまだ二人きりで出かけたことないのになあ、と寂しい気持ちになる。
それから最近生徒会の仕事が忙しい。それもそうだ、生徒会の役目は、櫻祭の運営。櫻祭の準備が各クラスでどんどんと始まっている今、仕事がないはずがない。文化祭の各クラスの企画のチェックに体育祭と舞台祭のプログラムの制作、舞台祭のために借りたホールの確認、その他にも色々と仕事が溜まっていって、非常に忙しい。それに僕は仮にも生徒会長だ、その全てを統括しなきゃいけない。
だから、僕が渉くんと過ごす時間がどんどん減っていくのに対して、渉くんとりっくんの距離がどんどん縮まっていくのだ。焦りは高まるけれどどうしようもなくて、不安で仕方ない。
「ごめん渉くん! 僕お昼に生徒会の打ち合わせがあるから一緒に食べられないや!」
そう言い残して僕は慌てて教室を出ていった。最近はそうだ。少し申し訳ない。だけど渉くんは「頑張って」といつも笑って応援してくれる。
慌てて行くほど時間に余裕がないわけではなかったが、極力早めに行って色々と確認しておきたい。それに会長だから、誰よりも先に行っておきたい。
そう思いながら急いでいると、あまり生徒が通らない東階段に差し掛かったところで「館野先輩!」と声をかけられた。立ち止まって振り向くと、そこにはりっくんがいた。
「僕に何か用? ええと……りっくん」
そうすると彼は薄笑いを崩さないまま「気安くりっくんって呼ばないでもらえません? 篠原です」と答えた。渉くんといる時とは随分と印象が違って、違和感を覚えた。
「あ、ああごめんね、篠原くん。それで、僕に何か用?」
するとりっくんは笑いを消して、低く尋ねた。
「単刀直入に聞きますけど……あんた渉先輩の何なの?」
いつものほわほわして可愛い雰囲気は微塵もなかった。鋭利な刃物のような、そんな雰囲気に気圧されて、僕は少しの間黙った。
「何って……友達、だけど」
「じゃあ今後一切関わんないでくれない? 目障りなんだよね、あんたが渉先輩の隣にいると」
渉くんの前とはびっくりするほどに印象が違って、僕は少し唖然としてしまった。すると答えないのが癇に障ったのか、イライラした様子で彼は重ねた。
「聞いてる? あんたがいると目障りなんだって。俺が頑張って渉先輩落とそうとしてんのにあんたがいると上手くいかないの。だから渉先輩の前から消えてくんない?」
あまりに身勝手な言い分に、次第に怒りが湧いてきた。それを深呼吸で静めると、僕はゆっくりと反論した。
「それはできないよ。君が渉くんと仲良くなる前から僕と渉くんは仲が良いから、今更縁を切れって言われてもそれはできない。それに、僕がその言い分を飲む必要がないよね? 渉くんだってきっと納得しないよ」
僕なりに最善を尽くして言ったつもりだった。だけどりっくんは、舌打ち一つでそれを無視した。
「俺はそんな正論を聞こうとしてんじゃねーの、俺は渉先輩は俺のものだから手出すな、色目使うな、って言いてーの。そんぐらい分かれよボンクラ」
りっくんには驚かされてばかりだ。渉くんといるときの面影が一切なかった。こんなに口が悪いなんて思いもよらなかった。
「いろっ……色目なんて、そんな……」
「じゃなきゃ何なの? 無自覚? だったらもっと迷惑だからなおさら消えろよ」
りっくんは不意に、僕のネクタイを掴んで思い切り引っ張って、僕の耳元で囁いた。
「分かったらさっさと消えろ。渉先輩は俺のものだから。第一あんたみたいな天然ボケの能無しが一緒にいて嬉しいと思ってんの? あんたなんて顔だけなんだからさ、渉せんぱ――」
「――篠原クン」
突如、後ろから渉くんが現れて、りっくんの肩に手を置いた。りっくんは、びく、と震えて、恐々と振り向いた。僕もつられて後ろを見ると、無表情の渉くんがいた。……あんなに怖い渉くん、見たことがない。
「あ、いや、その、渉せんぱ……違くて、これは……」
慌てて僕のネクタイから手を離し、曖昧な笑みを浮かべてしどろもどろに弁解するりっくんを見て、渉くんは、いきなり胸ぐらを掴み上げた。
「誰が顔だけの天然ボケの能無しだよ、ああ? 和泉のこと何も知らねー癖に勝手なこと言ってんじゃねーぞ篠原ぁ。何度お前と付き合う気は無いって言えば分かるんだよ。何度もしつこく言い寄ってくるに飽き足らず今度は和泉を脅して暴言吐くとは、随分度胸があるじゃねーか、なあ?」
「ちがっ……違うんですっ、これはっ」
「何が違うっていうんだ、言ってみろよ。……言えねーだろ? 分かったらさっさとお前が俺の前から消えろ」
渉くんは突き飛ばすように胸ぐらから手を離した。りっくんはなおも食い下がろうとしたが、やがて諦めて小走りで逃げ帰っていった。
「……渉くん、りっくんと仲良いんだと思ってた」
すると渉くんは心外そうな顔になった。
「俺がぁ? まあ最初は正直悪い気はしなかったけど、あいつしつこいんだよ、ああやって思いっ切り一度拒否らなきゃとは思ってた」
渉くんがそう思ってるなんて知らなかった。やっぱり僕は鈍感だ。全く気付かなかった。仲が良いんだとばかり。
「……でも、渉くん、怒るとこうなるんだね。びっくりした。……もしかして、僕のために怒ってくれた?」
「当たり前。許せるはずねーだろ、お前をあんな風に好き勝手言うやつ」渉くんは僕の肩に手を置いて、説き伏せるようにゆっくり言った。「いいか? お前は天然ボケの能無しなんかじゃねーからな。確かに天然は入ってるけど、そこも含めていいところだし、何より能無しなんかじゃない。誰よりも頑張り屋でしっかり者の頼れるやつだよ、和泉は」
りっくんには密かに気にしているところを抉られた。でもそれを悟られないように頑張っていたのに、反則だ。やっぱり、渉くんは僕のことをよく見てくれている。
――あの時だってそうだった。
それまで何も口出ししてこなかったけれど、渉くんは僕をよく見てくれていて、それで僕を誰よりも親身に慰めてくれた。
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