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8鈍感×鈍感
「これ以上……俺に何をしろって言うんですか。先輩の言う通り別れたし、連絡もとってないし、それすら目すら合わせてないし……なのにこれ以上、どうしろって言うんですか……もう俺には何もないのに! もう――」
平太くんと前園先輩が別れていた時、僕が小深山先輩を説得した次の日、小深山先輩は話があると平太くんに切り出しに来た。
平太くんは半泣きのような声色だった。自分にさらに都合の悪い話だと思ったんだろう。でも僕は、もしかしたら、と一縷の望みをかけて小深山先輩を見た。
そうすると、小深山先輩は頷いた。僕の予想を裏付けするように。
きっと、小深山先輩は僕の説得で理解してくれたんだろう。それから、平太くんに全てを告げるはず。そしたら、平太くんと前園先輩は復縁するはずだ。
ずっとそれを望んでいた。平太くんがまた前みたいに笑ってくれるのを。――だけど実のところを言うと、本当は今の状況が嬉しかった。平太くんが僕を見てくれる状況が。それが続いてくれれば、とすら思ったこともある。
僕はそんな迷いを忘れるために、きつく拳を握った。僕は、平太くんの幸せのためなら自分はその次だと決めたはずだ。
「……行きなよ、平太くん」
「お前まで何言ってんだよ和泉!」
平太くんは噛みつくような勢いで僕を見たが、言葉を失った。
「行かないと平太くんは必ず後悔する。行きなよ」
平太くんはさっきまでの勢いを引っ込め、頷いた。それから、小深山先輩を見ると、「話、聞きます。どこに行けばいいですか」と尋ねた。小深山先輩は「僕についてきて」と教室を出ようとし、一度僕を見て笑った。悲しげな笑顔だった。
「……なあ、和泉……一体どういうことだよ……なあ……」
渉くんは、呆然と呟いた。だけど、本当は分かっているんじゃないだろうか。小深山先輩の話、それから僕が行かないと後悔すると言ったこと……きっと渉くんは、本当は察しているはずだ。
「……渉くん。僕、失恋しちゃったなあ」
笑って明るく言ったつもりだった。なのに、声が震えた。
「ううん、本当は分かってたよ。平太くんはずっと前園先輩しか見てなかったから、僕の恋は絶対叶わない恋だって。それでも……本当は、本当はさ……」
渉くんは僕を抱きしめた。それから、囁いた。
「分かんねーけど……お前が小深山先輩を説得とかしたんだろ? お前はすげーよ、よく頑張ったな。……もういいぜ、頑張らなくて。俺に全部ぶちまけていいから」
ううん、僕は大丈夫だから――そう強がろうとした。でも無理だった。
「僕っ……ずっとずっと、平太くんが好きだったっ……! 隣に僕がいられたら、って……僕が付き合いたいって、思ってたんだ……だから本当は、別れてくれて嬉しかったっ……最低だよね、僕……本当に最低だ……」
「そんなことねーよ。そんなん好きだったら当たり前だ。それにお前、平太の前では幸せを願ってただろ? 頑張ってたよな? 俺はちゃんと分かってるから」
優しい渉くんの言葉で、涙が滲んだ。絶対泣かないはずだったのに、そんなことを言うなんて、ずるい。
「うんっ……僕頑張ったっ……! 僕、小深山先輩に、誤解なんだって、言ったんだ。……それから、前園先輩の誤解を、解いてくれ、って……多分今のは、その話、だと思う。……そしたら、先輩と平太くんはまたっ……好きだった、でも、もう諦めなきゃ……」
「……すげーよ、お前。普通だったら、わざわざ誤解を解くために先輩を説得しに行くなんてできねーよ。和泉はすげーよ、いつだって他人を優先して考えられるもんな。それから、平太の前では笑顔でいるの、頑張ってたよな。……でももういいよ。俺の前では、いくらでも泣いていいから」
ぼろ、と一つ涙がこぼれた。そしたらもう、歯止めが効かなくなった。わっと泣きながら、僕は渉くんに全部ぶつけた。
「好きだった……っ、僕の方がもっと、幸せにできるのに、って、何度も考えた……何で僕じゃ駄目だったんだろう、何でっ……!」
どれくらい泣いただろう。その間中ずっと渉くんは、うんうんと頷いて、「頑張ったな」とか「すげーよ和泉は」なんて声をかけ続けてくれた。やり切れなさを全部ぶちまけてから、気付いたら、渉くんのシャツが僕の涙でぐっしょり濡れてしまっていた。
「……本当にごめん、渉くんのシャツ……どうすればいい? それじゃ帰れないよね……」
渉くんはシャツを見下ろすと、僕を安心させるように笑った。
「いーよこんなん。体育着でも着て帰るわ。……それより和泉、ちょっとはすっきりした?」
渉くんはどうしてこんなに優しいんだろう。またちょっと涙が出そうになった。
「……うん、もう大丈夫。平太くんのことも、諦められそう。本当にありが――」
言い終わるよりも先に、渉くんは自分の荷物からティッシュを出すと「じっとしてろ」と僕の顔をそれで拭いた。拭き終わってから「よし」と頷くと、渉くんは笑った。
「礼なんていらねーよ、お前がすっきりしたんならそれでいいから」
その時の渉くんの笑顔はすごく優しくて、輝いて見えた。はっきりと失恋して、諦めざるを得なくなって、それでぽっかりと空いた胸の隙間が、いっぱいに満たされるような感覚がした。
「すげー辛いよな、好きな人が自分なんて見てないっていうのは。でもお前は頑張った。偉いよ和泉」
渉くんは僕の頭をふわっと撫でると、話題を変えるように明るい声を出した。
「よし! やけ食いしにラーメン屋でも行くか?」
「――うん、行こう!」
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