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10鈍感×鈍感

 どうしよう、と、俺は今日何度目かの言葉を呟いていた。和泉に二人きりで海に行こうと誘われてしまったのだ。そして今は、駅の改札前で待ち合わせているところだった。緊張し過ぎて一時間前に来てしまったから、もう既に足が疲れてきた。電車に乗ってすらいないのに。  まずどうして俺を一人だけ誘ったのか。最初はそう悩んでいたが、恐らく平太と雫には先輩がいるから迷惑になるかもしれない、ということなんだろう。それでフリーの俺を誘ったか。  ――そうだとしても。そうだとしても、緊張するものは緊張する。何たって二人きりだ。そういう意図はないと分かっていても、それじゃデートと変わりがない。 「……ごめんね! 僕ちょっと遅くなっちゃった!」  和泉が慌てて駆けてきた。俺が待っているのを見て、自分が遅れたと思ったのだろうか。しかし時計を見ると、待ち合わせ時間ぴったりだった。 「いやいや、俺が早過ぎただけだし大丈夫。じゃあ行こ――」そこで和泉が俺をじっと見ているのに気付き、首を捻った。「どうした?」 「かっこいいね、渉くん」  唐突に褒められて「へ!?」と裏返った声を上げてしまった。次いで、嬉しさがどんどんと込み上げてきた。どんな意図で褒めたのかは知らないが、嫌な気がするはずもない。 「さすがデザイナーを目指してるだけあるよね……」  その呟きを聞いて、ああ俺じゃなくて俺の服装が褒められたんだな、と理解した。一気に膨らんだ喜びが、萎んでいった。そうだ、和泉はこういうやつだった。  だけどよくよく考えてみれば、服装が褒められたのだってすごく嬉しい。だから俺は笑って「ありがとな」と返した。 「……夏休みなのに、意外と人が多いねぇ」  満員電車、というほどではないが、身動きが取りづらいほどに人の乗車した電車の中で、和泉はそう口を尖らせた。 「そうだな。まあこっちの方面は海とか遊園地とかショッピングモールとかあるし、これ急行だし、多少はな」 「そっかぁ」と和泉は呟き、窓の外を見た。和泉はドアに体を預けていたので、窓の方を振り向いて外を見ていた。そして俺がその前に立っていた。  人が多いので、必然的に距離が近くなる。和泉の顔が至近距離にあって、心拍数が上がってしまう。平静を装って答えたが、心臓はバクバクで言うことを聞かない。こんなに可愛い顔をこんな近くで観れて、贅沢過ぎないだろうか。思わず舐めるように見てしまいそうになる。  和泉は健康的に焼けていて、それから意外と引き締まっている。それから手も骨ばっていて、意外と肩幅もある。近くで改めて見ると、何だかんだ言ってもやっぱり男なんだなあと思う。  だけど、男だ、というのも含めて俺は好きだ。女の子みたいに可愛くて好きだ、っていうのとは違う。天然で可愛くて頑張り屋で、人を疑うことを知らないくらいに純粋で、だけどこういうふとした時に、ああ和泉は男なんだなと思う。その瞬間も含めて可愛いと思う。  和泉なら何でも可愛く見えてしまう。それは末期だと平太に言われたことがあるが、その通りだと思う。それから、些細なことでも欲情してしまう。  例えば、この状況だ。和泉が窓の外を見ようと横を向いているせいか、鎖骨がはっきりと見えるのだ。少し汗の浮かんだ肌と、鎖骨。正直に言って、すごくエロい。触りたいと思う。それから、そんな自分に呆れてしまう。  そんなことを考えながら、熱に浮かされたように和泉を見ていると、和泉が不意に「どうしたの?」と尋ねてきた。ずっと見ていることに気付かれたか。俺は慌てて誤魔化そうとして――そんな時、がたっと電車が揺れた。  バランスを崩してしまい、体を支えようとしてとっさに扉に手をついた。それから、壁ドンのような状況になっていることに気付いた。驚いたような和泉の顔が、目と鼻の先にある。この状況だったら、キスだってできてしまう、そう考えるとどうしようもなく恥ずかしくなって、俺は焦って和泉から離れた。 「あっ、わ、悪い!」  和泉は驚いたような表情をしていたが、やがて、心なしか少し恥ずかしそうに俯いた。 「う、うん、大丈夫」

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