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12鈍感×鈍感
和泉は満面の笑みでかき氷をすくうと、口元に運んだ。口に入れてから、冷たかったのか、美味しかったのか、ぱたぱたと足を動かした。嬉しさを全身で表しているようだった。こういうところも、素直で可愛いと思う。
「美味しい?」と聞くと、和泉は心底嬉しそうに頷いた。
「渉くんの奢りだもんねーっ。渉くんも食べる?」
和泉はブルーハワイ味のかき氷をすくい、俺にそれを差し出した。恐らく本人は無自覚だが、今の状況は「あーん」そのものだった。和泉はそのことに気が付かず「ええ、食べないの? 僕一人でこんなに食べられるかなぁ」とぼやきながらそれを自分の口元に運んだ。
俺はかき氷を食べている和泉をただただ見ていた。美味しい、と言う気持ちを前面に出してかき氷食べる和泉は何よりも可愛い。キスしてしまいたいくらい可愛い。今だけでも、こんな和泉を独り占めできていることがとても嬉しかった。
食べている和泉を眺めていると、和泉はふと、俺の方を向いた。
「ねえねえ、僕が今食べてるの、ブルーハワイ味でしょ? だから、舌青くなってるかな?」
和泉はそう言いながら俺にべっと舌を出した。
悪戯っ子みたいだった。こんなに幼いことを計算でも冗談でもなく、自然にできてしまう男子高校生なんて、和泉しかいないんじゃないだろうか。そしてそんなことが似合ってしまう男子高校生も、きっと和泉だけだ。
そんな和泉が、心臓がぎゅっと握られたくらいに好きだと感じて、どうしようもなく可愛く思えて、俺は衝動を抑え切れなかった。
「どう? 青くなっ――」
和泉が言い切る前に、俺は気付いたら、唇を重ねていた。
唇を離してからようやく、自分がとんでもないことをしでかしてしまったのに気付いた。和泉はぽかんとした顔で、何度も瞬きをした。
そういえば去年もうっかりキスをしてしまったが、去年は和泉がおかしな勘違いをしてどうにかなった。だけど、勘違いした言葉はおろか、何で、や、どうして、という言葉すら出てこなかった。
「……あのさ、渉くん……今の、どういう……?」
やがて和泉は恐る恐る、そう尋ねてきた。――誤魔化しは効かない。衝動的にキスなんてしてしまったから、俺に残された選択肢はもう、正直に告白するしかないのだ。
頭では理解していた。だけど、それで振られたらどうなる? きっと和泉は、俺とそういう関係になるのはありえないと思っている。だから振られるに決まっている。それか気を遣われて、考えさせて、と言われて終わりだ。どちらにしろ、今まで通りにはいかない。多かれ少なかれぎくしゃくしてしまうだろう。
不意に、今までの色んな思い出が脳裏をよぎった。――俺は和泉が好きだ。太陽みたいな笑顔も、変に子供っぽい膨れた顔も、どんな表情だって好きだ。もしそれが、今後隣で見られなくなったら、距離を置かれてしまったら――考えるだけでゾッとした。だけどもう、その未来しか見えない。
俺はどうすればいいか分からなくなって、考えたくなくて――和泉の前から逃げてしまった。和泉の顔すら見れずに、その場から走って逃げてしまった。
「えっ、渉くん!」
和泉の声が背中に刺さってくる。振り向くなんて到底できなかった。
「どうしよう……どうしよう、何やってんだ俺……どうすりゃいいんだよ……」
人気の少ない物陰まで走ってきてからようやく、逃げてしまったことへの猛烈な後悔が襲ってきた。逃げたって何も変わらないのに。それどころか、余計状況は悪くなるばかりだ。
和泉はこんな俺をどう思っただろう。俺は意気地無しだ。あんな場面で逃げてしまうなんて、情けないにも程がある。かっこ悪すぎる。でも、戻って伝えなきゃ、と思うと恐怖が襲ってくる。失敗すると分かっている告白をする勇気なんて、俺にはない。
でも戻らない訳にはいかない。だけど……悶々と考え続けてようやく、少しだけ和泉と向かい合う勇気が出た。その少しだけ生まれた勇気を振り絞って、俺は何とか、和泉の元へと足を踏み出した。
和泉はどこか、思い詰めた硬い表情をしていた。俺が元座っていた場所に戻って座ると、和泉はそれを待っていたかのように口を開いた。
「……渉くん、あのさ、僕――」
言いかけた和泉を俺は遮った。どうせ振られるなら、きちんと自分の言葉で伝えないと駄目だ。それじゃ、さすがにかっこ悪すぎる。
「ごめん。キスなんてして、それから何も言わず逃げちゃって。……俺さ、ずっとお前のことが好きだったんだ、和泉。言えずに逃げちゃって、本当にごめん」
かっこよく伝えるなんてできなかった。告白なのに、謝ってばかりになってしまった。だけどこのかっこ悪さは俺らしいと思う。俺の言葉できちんと、伝えることができたと思う。
和泉は唖然とした表情で俺を見ると、やがて恐々と尋ねた。
「好き……って、本当? いつから?」
「まあ、な……去年の、六月頃からかな」
和泉はさらに驚いたような表情になった。
「それじゃあ……僕が平太くんのことが好きだった時からずっと? その時からずっと、僕のことが好きだったの?」
頷くと、和泉はしばらく黙り込んだ。それから不意に、俺に向かって頭を下げてきた。
「……渉くん、ごめん」
分かっていた。分かっていたけれど、改めて言葉にされると、胸が痛くなる。酷く胸が痛むのを気付かないふりして、俺は何とか笑ってみせた。それから、俺は大丈夫だと言おうとした。
だが和泉が言ったのは、予想外のことだった。
「僕、そんなの全然気付かなくて……渉くんに平太くんのこといっぱい相談しちゃって……ごめん」
「は?」と思わず聞き返してしまった。「いや、それは全然いいんだけど……」
まさかそんなことを謝られるなんて思ってもみなかった。今の話の流れだと、絶対告白を断られたのだと。頭の中が疑問符でいっぱいになる。なら、俺の告白の返事は一体――?
和泉はその後、俺の目を真っ直ぐ見て、告げた。
「あのね、渉くん。僕……僕も、渉くんのことが好きだよ」
聞き間違いだと思った。それか、これは夢なんだと思った。俺は信じられなくて、アホみたいに聞き返してしまった。
「……は? 好きってその……友達として?」
「ううん、渉くんと同じ意味」
「本当に? 何で? 何で俺なの? 俺、別にかっこよくもないし取り柄もないし意気地もないし、それに――」
あまりに俺に都合のいい言葉で、到底信じられなくて、気付けば自分から否定するような言葉を口にしていた。だけど和泉は「そんなこと言わないで」と俺の言葉を遮った。
「優しいところとか、僕のことよく見てくれてるところとか、デザインのことになるとすごく真剣になるところとか……僕は好きだよ、渉くんのこと。それに渉くん、かっこいいと思う」
和泉は真っ直ぐに俺に告げた後、ふいと視線を逸らして「なんて、直接言うとすごく照れちゃうな」と照れ笑った。
信じられなかった。実感が湧かなかった。だけどじわじわと、今まで感じたことがないくらいの嬉しさがこみ上げてきた。俺はなんて言っていいのか分からなくてなって、驚いたことに泣きそうにすらなってしまった。
涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えて、何とか俺は和泉の目を見つめて、言った。
「……俺……俺は、和泉の素直で嘘がつけないところとか、自分より他人を優先させちゃうくらい優しいところとか、天然で可愛いところとか、その……全部、好きだ。だから……ええと、俺と、付き合ってください」
和泉は驚いたような表情になった後、すぐに笑った。雲一つない青空のような、晴れ渡った笑顔だった。今まで見た中で一番綺麗で、可愛い笑顔だった。
「……うん!」
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