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1ずっと一緒になんて

「渉くーん! 午後ティー買ってきたよ! ミルクティーで大丈夫だったよね?」  元気よく教室に入ってきた和泉を見て、渉が途端に顔を綻ばせた。 「おう、サンキュー」渉は言いながら午後ティーを受け取り、キャップを開けようとして首を捻った。「もしかして和泉、ちょっと飲んだ?」  和泉は「だって外暑かったから、喉乾いちゃって」と決まりが悪そうに笑った。そんな和泉に対しても、渉は「じゃあ仕方ねーか」と、でれっと笑った。大方、可愛いなとでも思っているんだろう。分かりやすいやつだ。 「えへへ、ごめんね。……あっ、もう衣装できたの?」 「ああこれ? まあアラジンと脇役の衣装しかできてねーけどな。ジャスミンとかジャファーとかはまだ全然」  渉が出した衣装を見て、和泉は目を輝かせた。 「うっわぁ! すごいね! こんなの作れるなんてすごいなぁ……!」 「いやまあ、それほどでも。……なんならこれ着てみる? 着るとどうなるのかっていうの気になるしさ」 「本当に? いいの? やったー!」  そう言いながらシャツのボタンを開けようとした和泉を見て、渉は「ちょ、馬鹿! い、いきなり脱ぐなよ!」と慌てて顔を逸らした。和泉は最初ぽかんとしていたが、やがて「あ、ご、ごめん」と俯きがちにはにかんだ。  俺はそんな二人を見て、気付けば、盛大にため息を吐いていた。 「何だよ平太、そんな不機嫌そうで」 「いや別に? 仲良いなーって思っただけだけど? なに俺の目の前でいちゃいちゃしてんだこの野郎なんて思ってねえけど?」  渉はうんざりしたように吐き捨てた。 「あのさー……先輩と会えてねーからって拗ねんなよ平太」 「別に拗ねてねえけど? ただ俺の目の前でいちゃつかれると無性にイラつくってだけで」 「そういうのを拗ねてるって言うんだよ馬鹿」  渉の言葉は無視をして「あーあ、同級生はいいよなぁ」とぼやいた。  同級生というのは、それだけで色々なことを共有できる。行事だって勉強だって共有できるのだ。対する先輩後輩という関係は、それだけで距離が離れる。ましてや片方が受験生となると、かなり一緒にいられる時間が減る。  真空さんは国公立を目指していると聞いた。だからそのために、寝る間も惜しんで勉強しているのだという。夏休み中は夏期講習がほぼ毎日あり、それがない日でも自習室に籠っているのだそうだ。そんな状況なのに、気軽に会えるはずがない。  なので、もう八月なのに夏休み中は一度も会っていないし、最後に遊びに行ったのは五ヶ月前の学年が上がる前だし、最後に体を重ねたのは二ヶ月前の付き合い始めた記念日だ。 「なーに、平太また拗ねてんの? ったくさぁ、会いたいなら会いたいって言えばいいのに」  後ろから不意に肩を抱かれ、振り向くと案の定、雫がいた。俺は気が立っていたせいか、考えるより先にその手を荒く振り払っていた。 「だから拗ねてねえって言ってんだろ。つーか俺は和泉と渉よりお前の方がイラつく。何で小深山先輩も受験生なのにほぼ毎日会ってんだよ、本っ当意味分かんねえ」 「伊織は俺の家を自習室代わりに使ってるだけだっつーの。塾のピリピリした空間にいると肩が凝ってしょうがないからって」 「あっそーですか」  そんなのただの言い訳に決まっている。小深山先輩は雫といるためにわざわざ理由をつけて家に来ているだけだろう。それはきっと、小深山先輩が雫といたいから、だけじゃなく、一人の家にいるのが嫌な雫を気遣っているのもあるんだろう。  きっと小深山先輩の言い分がただの理由付けに過ぎないことも、自分のことを気遣ってくれているのも、全部雫は見通している。見通した上でこう言っているんだろうから、俺はそれ以上口を挟むのをやめた。 「何でもいいけど、お前らはいいよなぁ付き合ってる人と会えて……俺だって会いてえよ……電話じゃ足りねえ……キスしてえ……ヤりてえ……」  机に伏せながらぶつぶつと呟くと、三人とも呆れたような視線を向けた。渉と雫はもちろん、和泉が渉のことを意識し始めた頃から和泉に対しても、真空さんの話を控えるなどといった気を遣うのをやめた。最初は戸惑っていた和泉だったが、今じゃ他の二人のように受け流すようになった。  そんなことを言っていたら、不意に携帯が鳴った。机に体を投げ出しながら画面を見ると、電話をかけてきた相手は真空さんだった。俺は思わず椅子を鳴らして立ち上がって電話を取った。

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