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3ずっと一緒になんて
真空さんが連れてきてくれたプライベートビーチのある別荘は、想像以上に綺麗な場所だった。当たり前だが人がいないので、青い海と空を独り占めしているような気分になれる場所だった。
水着に着替えて砂浜に下りると、遅れて真空さんが追いかけてきた。俺は水着姿の真空さんを見て――ぐらっと理性が揺らいだ。
水着姿だから、半裸と言っても差し支えない格好なのだ。夏の明るい太陽の下で見ると、真空さんの肌がやけに白く見える。引き締まった体と白い肌、そのアンバランスさが艶めかしさを引き立たせていた。
「……平太?」
じっと見ていることに疑問を感じたのだろう、真空さんは怪訝そうな顔で尋ねてきた。
「肌白いですよね、真空さん」
すると真空さんは「ああ」と頷いた。
「元々焼けない体質だからな。日に当たっても赤くなってすぐ戻る。言ってなかったか?」
「言われてないです。そっか、それでいつも肌が白くて綺麗なんですね」真空さんの腹筋をなぞるように撫でて、俺は耳元で囁いた。「すっげえエロい」
「えっ……えろ……」
真空さんは一気に顔を赤くして、俯いた。真空さんは本当に可愛い。今すぐ襲ってしまいたいほどに可愛い。
襲う代わりに唇を奪うと、真空さんは俺の胸板を押して俺から顔を背けた。堪能する前にキスを中断されて、俺は欲求不満が募るままに真空さんに問いかけた。
「嫌ですか? 俺とキスするの」
顔をぐっと近付けて間近で尋ねたせいか、真空さんはさらに顔を赤くして、弱々しい否定をした。
「ちがっ……気持ち良く、なっちゃう、から……こんなところで、こんな時間なのに」
「俺と真空さんしかいないんだから、いいじゃないですか」
抱き寄せて下着の上から腰の辺りを撫でると、最初は「平太、待って……」と弱く拒否していた真空さんだったが、徐々に瞳が熱を持ち始めた。
「平太ぁ……ん……駄目……気持ち良く、なっちゃう……からぁ……」
「いいですよ、気持ち良くなって」と言いながらまた唇を奪うと、今度は拒否してこなかった。真空さんは俺の体に手を回して、控えめに声を漏らした。
「んぅ……んっ……ふ、ぅん……」
真空さんの甘い声が聞こえる。歯止めが効かなくなり、真空さんを思う存分堪能すると、真空さんが体に回した手に力が入った。
唇を離すと、真空さんはとろとろになった瞳で俺を見ていた。その瞳を見たら、ぷつ、と理性が切れて、気付けば俺は真空さんの手を引いていた。
「……一回、別荘戻りましょう。今は泳ぐような気分じゃないです」
「あ、え? 平太?」
戸惑う真空さんを無視して、俺は真空さんの手を引いたまま別荘に戻った。
「……まさか、海に入る前にするとは思わなかった」
「す、すみません……つい我慢ができなくなって」
パラソルの下に腰かけ、真空さんはぽつりと呟いた。少し疲れた顔だった。それも無理はない、ベッドに着くや否や真空さんの制止も聞かず、押し倒して早急に挿れたのだから。
さすがに申し訳なくなって謝ると、真空さんは顔を赤くしてぼそぼそと言った。
「でもあの……無理やりも好きだから」
堪らなくなって口付けをすると、真空さんはさらに顔を赤くした。
空が青い。海が輝いている。いつもいる街とは、時間の流れが違う気がした。
「いいですね……プライベートビーチ。人がいなくてすごく気楽で」
「そうだな」と答えた真空さんに俺は、ふと思いついて尋ねた。
「真空さんって、泳ぐの得意そうですよね。海で思いっ切り泳ぎたい人ですか?」
すると真空さんは俯いた。何だと不思議に思って見ていると、やがて真空さんは、少し恥じるように答えた。
「実は、その……金槌で」
「えっ、そうなんですか? 意外です。あと、料理とか裁縫とかも苦手でしたっけ。案外真空さんって出来ないことがあるんですね」
出来ないことがあって可愛い、そういうニュアンスで言ったつもりだったが、真空さんはにわかに苦い顔になった。それを見てすぐに、自分の言葉の無遠慮さに気付いた。訂正しようと口を開きかけた時、真空さんは独り言のように呟いた。
「……不器用だからな、俺は。平太みたいに器用だったら、と思ったことだってある」
その声色は、単に料理や裁縫、水泳ができなくて落ち込んでいるのとは違う、と物語っていた。だけど何で落ち込んでいるのか見当がつかなくて、俺はなんて言っていいか思い悩んだ。
「でも、できないことがあっても真空さんは努力できるじゃないですか。俺が努力できない人間なのでこう思うんですけど、努力できるのも才能だと思うんです。……それにほら、まだ八月じゃないですか」
考えて考えて、受験のことだと結論付けた俺はそう笑いかけた。真空さんは少し意外そうに俺を見ると、苦笑した。
「ああ、すまん。勉強が上手くいかなくて悩んでるんじゃないんだ。そうじゃなくて……努力してもどうにもならないことだってあるだろう? たとえば、将来のこととか」
「……将来のことだって、努力してどうにもならないこととは限らないんじゃないですか」
真空さんは青い空を見上げて、そうかもしれないな、と囁いた。そのどこか泣きそうな横顔からは、そんなことは微塵も思っていないことが読み取れた。
真空さん、と声をかけようとしたその時、真空さんはぽつりと呟いた。
「どうにかなることだってあるかもしれないが、俺はどうにもならないかもな。もう既に外堀が固められている」
「真空さん、一体何のことで悩んでるんですか。俺に話してくださいよ。……進路のことですか? それならもう――」
分からなくて、直接尋ねると真空さんは「ああ、それならもう受け入れた」と頷いた。
真空さんはだいぶ前から、進路のことで親と揉めていると俺にこぼしていた。真空さんが目指している国公立の大学そのものには反対していないらしい。が、真空さんの目指す学部に父親は反対していたのだそうだ。
真空さんが目指していたのは医学部で、医師になることだった。だが父親が選ばせたかったのは経営学部で、跡を継がせることだったそうだ。そこで揉めて、真空さんは悩んで、結局折れた。こういう家の一人息子に生まれた以上仕方がない、と。
「……ちゃんと話す。だけど、今は話したくない」
真空さんは俺と目を合わせずに言った。無理やり聞き出すことは、俺にはできなかった。分かりました、と答えるしかなかった。
それから俺は、わざと明るく笑ってみせた。ずっとこの雰囲気のまま過ごすのが嫌だったのだ。
「それより、せっかく海に来たんだから泳ぎましょうよ。泳げないなら、ずっと俺に掴まってていいですから」
そう言って俺は、真空さんの手を引いた。真空さんは少しだけ目を見開いて、それから笑い返した。
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