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6ずっと一緒になんて

「――俺、許嫁がいるんだ」  一瞬、頭の中が真っ白になった。真空さんのその言葉が信じられなかった。イイナズケ――許嫁って、何だったっけ。 「相手は大手食品メーカーの代表の次女で、父親がその代表とそれなりに仲が良いらしい。それで昔から交流があって、結婚の話はかなり前から出ていた。だが一向に進展しなかったから、本気じゃないと思っていた。だが最近になってとんとん拍子に話が進んで、気付いたら外堀が固められていた」  真空さんは淡々と話した。その口ぶりから、ああ本当なんだなと理解できてしまった。 「……相手って、どんな人ですか」 「器量が良くて、育ちも良くて、頭も良くて、性格も良い。大和撫子のお嬢様といった感じの人だ」  言いながら真空さんは、携帯を操作して俺に写真を見せてきた。それは黒髪の清楚な美人だった。こんな見た目で育ちも頭も性格も良いなんて、欠点なしじゃないか、と思った。  不意に、彼女と真空さんが並んで歩いている姿が目に浮かんだ。名前も知らない彼女だったが、彼女は結婚相手として申し分ない相手だと思う。それに、俺の前以外での真空さんは彼女のように、器量も育ちも頭も性格も良い、落ち着きのある男前だ。きっと、絵になるくらいにお似合いだ。 「……結婚相手としては、理想的な相手ですね」  喉に色んな言葉がつっかえて、どうにかそれだけ絞り出した。真空さんは何も答えなかった。俺の目すら見なかった。 『好きだ。ずっと一緒にいたい』――ふと、真空さんの声が蘇った。あの時の真空さんは、酷く辛そうな顔をしていた。それは、ずっと一緒になんていられない、ということが分かっていたからこその表情だったんだろうか。  真空さんは俺と目を合わせず、なおも淡々と話した。 「婚約を破棄する方法は色々考えた。相手は穏やかで話の分かる人だから、きっと正直に平太のことを話せば身を引いてくれると思う。相手の親は娘に甘い人だから、娘が決めたなら、と納得してくれるはずだとも」 「っ、なら――」 「だが無理だ。俺の父親が説得できない。父親は頑固だから一度決めたことは何があっても曲げない。それと、俺の父親は周りの反対を押し切って、元々していた婚約を破棄して母親と結婚して……結果、逃げられた。だから何が何でもこの話は通すだろうし、ましてや同性ともなれば、跡継ぎが産めないから」  どうにかならないのか、と必死に考えていたが、最後の『跡継ぎ』という言葉で、全て打ち砕かれた。  そうだ、俺と真空さんはどうあがいても男同士なのだ。たとえいくら周りの理解があろうとも、その事実は変わらない。子供は作れないし、結婚すらできない。真空さんが語ったような事情がなくても、普通なら反対するだろう。恐らく、孫の顔を見たくない親はいないだろうから。 『どうにかなることだってあるかもしれないが、俺はどうにもならないかもな。もう既に外堀が固められている』  真空さんの呟きが耳元で蘇った。そうか、真空さんが悩んでいたのは、真空さんが度々辛そうな顔をしていたのは、このせいだったのか。 「……本当だったら、別れた方がいいんですよね。許嫁がいるし、男同士だし」  そう呟くと、ようやく真空さんは顔を上げた。俺はそんな真空さんと目を合わせ、言った。 「でも俺は嫌です。たとえどんなに反対されても、許嫁がいても、別れる気はありません。ずっと一緒になんていられない、とは言わせません。だって――だって、こんなに人を好きになるなんて、後にも先にも真空さんだけですから。真空さんと別れたら、無難でつまらない生活に逆戻りですから」  真空さんは、俺を見つめ返した。何事かを言おうと口を震わせたが、とうとう言葉にすることは叶わなかった。言葉が零れるよりも先に、涙が零れたからだ。何度も頷きながらしゃくり上げる真空さんを、俺は黙って抱きしめた。

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