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7ずっと一緒になんて

「すごいですね、この別荘。風呂が露天風呂でした」  髪を拭きながらの俺の言葉に、バスローブ姿の真空さんはベッドの上に腰掛けながら「そうか? 別荘なんてそんなものだろ」とこともなげに言った。だが俺からしたらそもそも、別荘がある時点で普通じゃない。  ――許嫁がいると告げた真空さんはその後、心なしかすっきりしていた。この問題は俺がどうにかできるものじゃないけれど、何があっても真空さんのことがずっと好きだと約束することはできる。だから俺は、どんなに真空さんの父親に反対されても、たとえ婚約破棄がどうにもならなくても、好きでい続けようと思う。  俺は真空さんの隣に座って、茶化すように言った。 「真空さん。いざとなったら、俺と駆け落ちしましょうよ。って、そんなことしたら真空さんの人生設計が全部崩れちゃいますけど」 「そんなもの構わない。どうせ俺の人生設計は父親が決めたものだ。どうにもならなくなったら、そうしようか」  笑いながら俺は言ったが、真空さんは案外真剣な顔で答えた。 「……本気ですか?」 「平太は冗談のつもりで言ったのか?」 「いや、俺はいざとなったらする覚悟はありますけど……このまま行ったら真空さん、エリート街道まっしぐらの勝ち組じゃないですか」  真空さんの育ちを思うと、どうしても気が引けてしまう。もし本当に駆け落ちをしたとすれば、俺のちんけな覚悟じゃどうにもならないくらい、真空さんが失うものは大きいだろう。 「エリート街道を脱落するより、平太と別れる方が俺は嫌だ」真空さんはきっぱりと告げた。「……俺は、この話を言ったら別れようと言われると思った。だから、そうじゃなくて駆け落ちしようと言われて、嬉しい」  それほどまでに俺を想ってくれていたのか、そう考えると、真空さんに許嫁がいることがどうでもよく思えてきた。それくらいに、嬉しかった。  真空さんを抱きしめると、ふわりと甘い匂いがした。シャンプーの匂いだろう。俺も同じシャンプーを使ったはずなのに、どうして真空さんから香る匂いはこんなに甘いんだろう。頭がくらっとした。  自分がどれだけ甘い夢物語を語っているのか、その自覚はある。現実そんなに上手くはいかないだろう。だけど、真空さんと出会わなかったら歩んでいただろう代わり映えのない平坦な日常を思えば、たとえ真空さんが結婚をして俺が片思いをし続ける羽目になっても、その方がいくらかマシだとすら思う。 「じゃあ、真空さんがもし結婚するってことになったら、結婚式に乱入して真空さんを奪いに行きますね」  冗談めかして言うと、真空さんは、ああそうしてくれ、と笑った。 「真空さん」抱きしめたまま俺は、耳元で囁いた。「好きです。ずっと一緒になんていられない、とは言わせませんから」  真空さんが頷いたのを見てから、俺は真空さんをベッドに押し倒した。それから首筋にキスマークを付けると、真空さんは、は、と甘い吐息を漏らした。そのまま唇を這わせていこうとすると、真空さんに恐る恐る拒否をされた。 「平太……待って」 「どうしてです? 嫌ですか?」  問いながら、もう反応し始めている下腹部をやんわりと撫でた。暗に、嫌だとは言わせない、と言ったのだ。真空さんは案の定、軽く震えた。 「じゃなくて、まだ……あぅ……待っ、あっ……てくれ……っん」  まだ拒否をする真空さんに業を煮やした俺は、下腹部を撫でさすりながら首筋を舐めた。いつもだったらすぐに堕ちるのに、真空さんは意地でも俺の愛撫から逃れようとする。何か訳があるのだろうとは思ったが、真空さんと同じように、俺も熱を持ち始めてしまった。今更止めることはできない。 「嫌?」  耳元で低く尋ねて、耳朶を少し強く噛んだ。「っ、はぁ……」と真空さんは体を震わせた。真空さんの顔を伺うと、真空さんはもうすっかり蕩けた顔をしていた。  これならもう拒否はしないだろうと思ったが、真空さんはしかし、上を見上げて何かを確認すると「まだ……待って」となおもかぶりを振った。さすがに不思議に思って真空さんの視線を先を探すと、そこには時計があった。もうほんの数秒で日付が変わりそうだった。 「……時計? 時計がどうかし――うわっ」  俺が真空さんに尋ねながら視線を戻すと、不意に真空さんから俺を抱きしめてきた。真空さんは、普段そんなことは滅多にしないので、驚いた。 「する前にどうしても言いたくて。……誕生日、おめでとう。プレゼントは後で渡す」  あまりに予想外の言葉で、俺は惚けた顔で真空さんをしばらく見てしまった。それから、ああ、とようやく思い至った。 「今日、八月十四日か」 「……忘れてたのか?」 「はい、すっかり。真空さんと出かけられるって思ったら舞い上がっちゃって、自分の誕生日なんて頭の中から吹っ飛んでました」  それは誇張じゃなく事実だった。元々、自分の誕生日なんて大して重視していない。周りに言われてああそういえば、と思い出す程度だった。それは多分、自分が生まれた日を特別な日だと感じていないからだろう。  誕生日だけじゃなく、真空さんと出会うまでの俺には、特別なものがあまりにも少なかったように思える。それが、真空さんといると些細な特別が重なって、今じゃ数え切れないほど――と思うと、柄にもなく感慨深くなった。 「……ありがとうございます」  真空さんはくすぐったそうに笑うと、躊躇いがちに言った。 「もう……いいから、その」 「したい?」  笑い混じりに尋ねると、真空さんはかっと顔を赤くした。そして、消え入りそうな声で肯定した。 「したい……です」

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