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第1章 1責任とって踏んでくれ
ここは櫻宮学園。
中高一貫の私立の男子校で、俺の家からとても近い学校だ。制服はそれなりにセンスがいいブレザーで、購買や自販機が充実していて……それ以上のことは知らない。実際俺は、ほとんど何も調べずに進学先をここに決めたのだ。
ここにした理由は、家から近くて偏差値的にちょうどいいから。それだけで十分だ。なんせ俺は、高校生活に特別期待を抱いていない。
俺が望むのは「平凡な日常」ただそれだけだ。劇的な恋愛も、一生ものの友人も、羨まれる名声も、俺には何一つ必要がない。それらは全て、面倒事がつきものだ。俺はそれをよく知っている。
「――で、その筆頭が今から言う三人の生徒。一人が生徒会長の館野和泉、それから風紀委員長の小深山伊織先輩、で最後に学園最強って呼ばれる前園真空先輩」
この学園で特に注意すべき人物について、滔々と語る同じクラスの加賀美渉。彼はここの内進生で、反対に俺、明塚平太は入学したての外進生だった。
「へえ、なんかすげえな」
適当に呟きながら、俺はメロンパンをかじった。入学初日に、席が近かったこいつと仲良くなれたのは、幸運だったと思う。色々と教えてもらえたし、いいやつだし、悪い学園生活にはならないような気がする。
加賀美はその後、って言ってもさ、とぼやくような調子で続けた。
「この三人って皆イケメンの中のイケメンで学園内にファンも信者も多いから、俺らみたいなフツーのやつはまず関わりがないんだけど。いいよなーイケメンって。絶対人生楽なんだろうなー」
「そうかぁ? 大変なことの方が多くね?」
「んな訳ねーだろ! あーあ、俺もイケメンになりてーなー! それが無理でも可愛い女の子にちやほやされてー!」
欲望丸出しの加賀美のぼやきに、俺は思わず苦笑した。
「フツーに生まれた方が人生楽だと思うけど。……あとお前は顔が悪いんじゃなくて、女の子の前になると挙動不審になるのが悪い。顔は普通に良いと思うぜ?」
「んなこと言われてもさぁ、緊張しねー? 俺しばらく女の子とまともな会話してねーし。……そういえばお前さ、昨日遊んだ時思ったけど、妙に女慣れしてね? 共学ってそんなもん?」
思わず顔が引きつりそうになるのを必死に堪えて、平然とした顔で「そんなもんそんなもん」と頷いた。加賀美は納得の行かなそうな顔でそれでも、そっか、と頷いた。
「そうだよな、お前女慣れしてそうな見た目してねーもん。……あ、でも、お前意外とメガネ外したらイケメンでしたっていうパターンじゃね?」
そう言いながら加賀美が俺の顔に手を伸ばして来るので、反射的に手を跳ね除けてしまった。
「……わり」
何かを察したのか、加賀美は少し申し訳なさそうに言うと、すっと話題を変えた。
「そういえばさ、今日の古典の小テストって――」
俺の見た目は、長い前髪に少し野暮ったいメガネ、必要以上に堅く着こなした制服、といういかにも地味な見た目なのだ。
地味と思われたままでなければ困る。メガネを取られたりなんてしたら困る。なぜなら俺は、もう目立ちたくないのだ。
実際には――
「ただいま」
家の扉を開けると、女の子の笑い声と兄貴――明塚誠人の声が聞こえた。またか、とうんざりしながらリビングの扉を開けると、案の定、二人の女の子を傍らに侍らせる兄貴がいた。
兄貴の見た目は爽やか系イケメンと言われるもので、正直、かなり整っていると思う。モデルにも引けをとらない程度には、イケメンだ。
だが兄貴はそれを利用して、女の子と遊びまくっている。いわゆるチャラ男やヤリチンと呼ばれる類の人間だ。この兄貴のせいで俺は、変に経験だけは豊富になってしまったし、色々な面倒事にも巻き込まれた。
「……そういうことは家でやるなよ」
眉をひそめると、兄貴は気に留めていないように肩をすくめた。あまつさえ、
「なんならお前も加わる? 4Pとかやんね?」
なんて言い放った。兄貴の貞操観念は緩すぎる。仮にも弟に言う台詞ではないだろうに。傍らの女の子も楽しそうに笑っている。頭も股も緩い女の子はやっぱり、苦手だ。
「そんな辛気臭い顔してないで、もっと楽しくいこうぜ? 俺譲りのイケメンな顔してんのに、もったいないなぁ平太は。せっかく中学では超モテモテだったのに、何でわざわざ地味に見せてんの?」
「面倒くさいからに決まってんだろ。いてもいなくても変わらない影の薄いやつになりてえの、俺は」
俺はため息混じりにそう吐き捨てて、「ヤるなら部屋行けよ」と兄貴をじろっと見てから、イヤホンをして音楽をかけて、その場に寝っ転がって携帯をいじり始めた。
モテるなんて何一ついいことがない。疲れることばかりだ。だから、高校でこそは平凡に、楽に、目立たずに生活していたい――そんな俺の切実な願いは、案外早くあっさりと砕かれた
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