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3責任とって踏んでくれ
今、先輩は何て言ったのだろう。まさか、本当に『踏んでくれないか』と言ったのか。この人はこの学園一の男だったはずだ。先輩に憧れる生徒も多くて――そんな人が、マゾ?
信じられない。これが本当だとしたら、ギャップが激し過ぎる。
「……踏むって、先輩を、ですか」
「ああ」
「……えっと、どこを」
自分でも何を言っているのか分からない。それくらい、混乱の極みだった。
すると先輩は、股間を指差した。
「……俺のここを、踏みつけてほしい」
言い終わったその時、服の上からでも分かるくらいにはっきりと、勃起した。そういえばこの人は、途中でオナニーをやめていた。
ということは、先輩は本物のーー?
「……あの、後で何か請求するとかありませんよね。あの時あんなことしたんだから、責任とって金払えとか」
その可能性に思い至り、尋ねると、前園先輩はすぐに否定した。
「ない。なんなら、動画を撮ってくれても構わない。むしろ、それを使ってお前が脅してくれても構わない」
言いながら、興奮したかのように少し顔を反らす前園先輩。これは本物だ、俺はそう確信した。それから引いた。
先輩は潤んだ瞳で俺を見つめ、懇願するような響きで言う。
「……早く」
俺は恐々と、勃起しているモノに足を乗せた。
「もっと強く……」
少し体重をかけてみる。
「もっと……っ」
更に体重をかけてみる。
「もっと、頼む……っ」
先輩は、何度も切なそうな息を吐きながら、懇願した。期待と興奮に濡れた瞳と、目が合う。
まただ。
腹の奥底で、何かがまた、どくんと蠢く感覚に襲われた。気付いたら、思い切り踏みつけていた。
「あんっ……」
艶かしい声を上げて、先輩がビクンと震える。どくどくと心臓が鳴っている。血が滾るようだ。
そのまま二度、三度、四度、と踏みつけると、その度に先輩は、ビクビクと震えた。
「んっ……あっ、あ……っ」
女みたいな喘ぎ声が、何度も俺の耳を反響する。そんな先輩を見て、俺はあることを思い出した。
昔兄貴が一度、SMにハマった時期があった。その時のセフレを兄貴は確か、雌犬なんて呼んでいたっけ。その時のセフレの縄で縛られて欲情している顔に、前園先輩の顔はよく似ていた。
ーーそう、被虐心と快楽で、どろどろに蕩けた顔に。
「……あは」
何故だか知らないが、笑いが込み上げてきた。
前園先輩の顔が、あまりにも意外だからかもしれない。それか、あまりにも情けないからかもしれない。それか、どこか愛おしく思えたからかもしれない。
「明塚ぁ……無理っ、イキそぉ……っ」
その蕩けきった目で俺を見つめながら、甘く掠れた声で囁く前園先輩。
自分でもよく分からないが、体が熱いしくらくらする。心臓の音がやけにうるさく、息が勝手に荒くなる。
「踏まれるのが、そんなに気持ちいいんですか?」
わざとそう尋ねて踏みにじると、前園先輩はまた、びくっと震えた。
「はあぁ……っ! ……気持ちい、すごい、気持ちいいっ……」
「今の先輩の顔、雌犬みたいですよ」
気付けば俺は、そう言いながら、思いっ切り踏みにじっていた。先輩は声にならない声を上げて、体を震わせた。
それを見て、腹の奥底の生き物が、確かにまた蠢いた。ゾクンと強い痺れが走る。
足をどかし先輩を見ると、先輩は達してしまったようだ。先輩は、まだ何度も震えながら、甘い吐息を吐いていた。
まだ心臓がどくどくといっているし、くらくらする。
しかし、何度か荒い息を吐いているうちに、少しずつ、頭がクールダウンされていった。脳内が冷えていくうちに、だんだん今の自分がとんでもなかったことに気付き始めた。
ーー今の俺に、一体何があった。俺は頭を抱え、しゃがみ込んだ。
今まで、できるだけ無駄を省き、少しでも面倒なことは極力避けていたというのに。なのに今の行為は何だ。無駄そのものじゃないか。
何が『踏まれるのが、そんなに気持ちいいんですか?』だ。
何が『今の先輩の顔、雌犬みたいですよ』だ。
ついに頭がおかしくなったのだろうか、俺は。
ーーだが。
腹の奥底で、何かが蠢くような、目覚めるような、あの感覚。『それ』が目覚めてしまえば、もう後戻りはできない気がするが、決して不快じゃなかった。
正直、今までにないほど興奮した。
「……明塚」
呼びかけられ、先輩の方を見ると、彼はこう言った。
「お前、SM好きだろ?」
「いや! 好きじゃないです!」
慌てて否定するが、先輩は怪訝そうに首を傾げる。
「そうか? でも『雌犬』なんて言葉、罵倒しようと思っても、なかなか出てこないぞ」
「いやあの、それは……兄貴が昔のオンナを雌犬って呼んで、家ん中でヤッてたんですけど、先輩がそれに似てたっていうか……」
しどろもどろに答えてから、言わなきゃよかったと後悔した。自分から兄貴のヤリチンぶりをアピールしてどうする、と。
「……すごい兄貴だな」
少し気圧されたように言う先輩。 しかし彼は、少し顔を朱に染めて、心なしか嬉しそうに呟いた。
「……そうか、それで雌犬か……」
この人はもしかすると、思っていたより手遅れかもしれない。
俺は、頭を掻き、ため息を長く吐いて、こう告げた。
「何かもう、疲れたんで帰っていいですか?」
色々な力を削られた感じがする。今日帰ったら、きっと泥のように眠ってしまうだろう。
「……明日も、来い」
先輩は頷くと、そう言ってきた。
「……気が、向いたら」
悩んだ挙句、俺はそう返してその場を去った。
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