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5ご奉仕させてくれないか
――とうとう気でも狂ったか、俺は。興奮が冷めると、昨日以上に強烈な後悔が襲った。
先輩なんて好きじゃない。SMなんて好きじゃない。俺はただ、周囲に埋没するような平凡な人生を送りたかった。
だからこんな目立つ先輩と関係は持ちたくなかったし、こんな特殊な性癖だって持ちたくなかった。
俺は目立ちたくない。目立つなんて嫌なことばかりだ。昔のことを考えかけたが、俺は首を振ってそれを消した。
俺は高望みなんてしちゃいない。ただ平凡な毎日を送りたいだけなのに――どうしてこうも打ち砕かれるのか。
今更どのツラ下げて「俺、こういうことに興味はないんです」と言えばいいのか。イラマチオまでしておいて。ため息が漏れてしまう。
「……やっぱり好きだ……」
不意に、ため息と共にそんな囁きが聞こえた。先輩が呟いたようだ。俺はそれを疑問に思い、聞き返した。
「何がですか?」
すると先輩は驚いたように瞠目した。
「……今の、聞こえてたか?」
「はい、ばっちり」
先輩はそれを聞いて、顔を朱に染めた。
「……いやその、何でもないから……気にしないでほしい……」
先輩の言葉は、尻すぼみに消えていった。よく分からなかったが、俺は追求するのをよした。
――さっきは、今までにないくらい興奮した。それは疑いようもない事実だ。
普段クールな先輩が自分の前では別人のように蕩けることが、ここまで劣情を煽るものだとは知らなかった。ここまで、征服欲を満たされるものだのは知らなかった。そもそも、自分にこんな欲が眠っていることすら知らなかった。
俺は初めて、他人を組み敷きたいと強く思った。多分、本当に抱いてしまったら最後だ。今ですらおかしいのに、そうしたら先輩に囚われて、俺が俺でなくなってしまう気がした。
だから、それだけは避けなくてはいけない。そう強く思う一方で、このまま先輩と繋がってしまいたいと思う俺もいる。どうすればいいのかわからない。頭が痛くなる。
俺はそんな思考を巡らせながら座り込み、ぼうっと空を仰いだ。先輩はなにも言わない。
「……先輩って、無口ですね」
すると先輩は意外そうに言った。
「そうか? 今は結構話している方だが」
普段はもっと無口なのか。先輩に近寄りがたい雰囲気があるのは、それも由来しているのかもしれない。
「……そうだ明塚、ケータイ貸せ」
思い出したように先輩が言うので、俺はロックを解除して先輩にスマホを渡した。
何をしたいのかは分からないが、嫌なことはしないだろう。不思議と俺は、先輩のことを自然に信頼していた。
先輩は俺のスマホと自分のスマホを同時操作した。何をしているのか気になったが、俺はしばらく見ないようにした。が、しびれを切らして覗き込もうとしたその時、先輩からスマホを返された。
「……俺の連絡先を追加した」
見ると、確かに先輩の連絡先が追加されていた。
「……何で」
俺は思わずそう呟いたがしかし、先輩はそれには返事をしなかった。そして先輩は突然立ち上がった。
「……鍵、閉めるか」
それを聞いて慌てて俺は立ち上がった。
先輩がどんなつもりで連絡先を教えてくれたのかは分からない。ただ、嬉しいと思ってしまったのは何かの気のせいだ、と自分に言い聞かせた。
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