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7ご奉仕させてくれないか
「明塚……」
先輩はそう呟くと、笑った。昼間見かけた時と同じように、嬉しそうに。心臓を鷲掴みにされた感覚に陥る。どうしてこの人は、俺の前でだけこんなに嬉しそうに笑うんだ。
「鍵、開けるから」
先輩は少し困ったようにそう言った。それで気付いてドアの前から退くと、先輩は慣れた手つきでドアに鍵を差し込んで、開けた。
ドアを開けてから、先輩は鞄を下に置いて、その場に座り込んだ。俺もそれにならって座る。
「……明塚は最初、どうしてここに来たんだ?」
それから先輩はふと、尋ねた。
「ええと……理科のプリントを忘れて理科室に行こうとしてたら、階段上りすぎちゃって。それで、ダメ元で何となく屋上のドアノブを回してみたんです」
「……外進生なのか?」
「はい」
答えると「そうか」と言い、先輩はしばらく何事かを考え込んだ。
前もこういうことがあった。その時は俺が名前を言って、先輩が考え込んで、俺はすっかりビビって返答を待っていたっけ。
そのまま待つのも手持ち無沙汰なので、俺は何となく先輩の顔を眺めた。
改めて、かっこいいと思う。多くの人が見惚れるような顔をしている。それからその雰囲気と相まって、無表情が似合う。
けれど――俺は先輩の笑顔を思い出した。俺は、笑顔の方が好きだ。途端にその雰囲気が和らいで可愛くすら見える笑顔が。それから、感じている顔も好きだ。あれほどまでに劣情を掻き立てられる顔は初めて見た。
「……明塚?」
ずっと見ていたせいか、先輩は小さく首を傾げた。俺は多分、相当おかしくなってしまった。先輩の動作一つ一つが可愛く見えて仕方がないのだ。
「すみません、先輩って本当にかっこいい顔してるなと思って見てました」
「かっ……」先輩は顔を少し赤く染めた。「……ありがとう」
俺はその反応を意外に思った。先輩なら、褒められ慣れていると思ったのだ。
「先輩みたいな人でも照れるんですね。かっこいいなんて言われ慣れてません?」
「いや、慣れてるが……明塚に、言われると……照れる」
先輩は視線をすっと逸らした。
俺に言われると照れる? 再び胸が苦しくなる。わざとなのかと訝ってしまうほど、可愛い。ギャップにやられてしまう。そしてそんな自分にまた、戸惑う。
「本当に先輩、第一印象と違いますよね。こんな表情をする人なんて思ってませんでしたし、ドMだなんて思ってませんでした」
「……嫌か?」
どうして俺に、そんな不安げな表情で尋ねてくるのか。俺にどう思われるのかを心底気にしているみたいだ。
「俺はこっちの先輩の方が好きですよ」
すると先輩は、また顔を赤くした。言ってから、口説き文句みたいだと気付いて少し気まずくなった。
「明塚も、第一印象と違う……こんなこと、言うやつだとは……」
「嫌ですか?」
仕返しのように問うと、先輩は赤い顔のままかぶりを振った。
「お、俺は、こっちの明塚の方が……好き」
また心臓を鷲掴みにされた感覚に陥る。
明塚が好き、と言われた訳じゃないのに。地味で大人しいふりをした俺と今の俺なら、今の俺の方がいい、そう言われたに過ぎないのに。先輩は俺が好きなんじゃないか、そう勘違いしてしまいそうになる。
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