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9ご奉仕させてくれないか

 俺は昇降口から先輩の後ろ姿を眺めていた。小深山先輩と仲良さげに帰る先輩の後ろ姿をだ。  なぜだか見ていると苦しい。どういう関係なんだろうと邪推してしまう。  あの二人は、はたから見てもお似合いだ。それから幼馴染というのは、それだけで特別なものだ。お互いに幼い頃から仲良くて、お互いしか知らないようなことを知っていて、唯一無二の存在なのだ。今は遠くにいるが俺にも幼馴染がいるので、よく分かる。 「――明塚」  後ろから肩を叩かれ、驚いて振り向くと、そこには加賀美がいた。 「なにぼーっとしてんの?」 「いや……あの二人見てた」  特に隠すことでもないと思って正直に言うと、加賀美はそれだけで興味を無くしたようだ。 「あー、あの二人付き合ってるって噂あるよな」 「……そうなんだ」  ずき、と胸が痛む。その不可解な感覚に俺は内心首を捻った。 「なに? お前どっちか好きになっちゃったの? まー気持ちは分かるけどやめといた方がいいぜ」  好き? 急速に心拍数が上がっていく。胸が苦しい。好き――恋って何だっけ。  恋なんて綺麗なもの、俺はしたことがない。  性欲はそれなりにある。女に興味がない訳でもない。事実、童貞はとうの昔に捨てた。交際経験こそないが、多分、そこらの高校生よりも経験人数は多いと思う。  だが、それだけだ。すぐに縁を切れる相手なら誘いに答える、仲がこじれたら面倒になるだろう相手なら拒否する、とそうやって淡白に関係を持ってきた。  考えるだけでドキドキして、相手と仲が良い人に嫉妬して、一緒にいるだけで嬉しくて――そんな感情は、一度たりとも持ったことがない。持ったことがない、はずだったのだ。  それがどうだ。  先輩は感じている気持ちは、まさにそれじゃないのか。俺は小深山先輩に嫉妬しているんじゃないのか。考えたが、全くピンとこない。  俺は考え込んで「そんなんじゃねえよ」と否定した。「そういうお前は? あの先輩たちどう思うんだよ」 「俺? ああなって女子にモテモテになりたいって思ったことはあるけど別に……女子が好きだし」 「お前またそれかよ。じゃあ何で男子校入ったんだよ」 「受験した時はそんなに女子に興味なかったんだよ……それより行事が楽しそうで憧れてて。ま、後悔はしてねーけど」  加賀美はそして、なぜか声を潜めた。 「つかさ、共学ってどんな感じ? お前女子に告られたりしたことある?」  加賀美は興味津々だった。俺は嘘をつくのも憚られて「まあ……」とお茶を濁した。 「マジか! ど、どんな感じで、その、こ、告白を」 「慌て過ぎ。どんなってまあ、普通に」 「その普通が分かんねーんだよ!」 「えぇ……」  俺は考えて、それなりにまともな思い出を話した。 「バレンタインに下駄箱見たらチョコ入ってるとか、卒業式で先輩にとか、逆に俺の卒業式で後輩の子にとか、放課後の教室に呼び出されてとか、遊んだ帰りでとか……そんな感じ」 「告られた子って可愛い?」 「まあ……可愛い子は多かったかな」 「何っ……だよそれ! 羨ましいなぁっクソ! やっぱ俺も共学行けばよかった!」  加賀美はそう悪態をついた。  それから、突然顔を明るくした。 「待てよ? お前でそんだけモテるってことは俺でもチャンスある?」 「失礼なやつだな」 「……でもお前、実はイケメンだったりするだろ?」  加賀美はそう言うと、何の前触れもなく俺の眼鏡を外して前髪を上げてきた。突然だったので、抵抗ができなかった。 「お前……!」  加賀美は俺の顔を見た後、優に数秒は固まった。それから、意気消沈して前髪と眼鏡を戻し、何も言わずに去ろうとした。 「何か言えよ」 「もうやだ。世の中結局顔かよ」 「……何かごめんな」 「謝んなよバーカ! イケメンは黙ってろクソ!」  俺はその後の下校中、加賀美と別れるまでずっと宥める羽目になった。

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