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10ご奉仕させてくれないか
「ただいまー……」
少し疲れて俺は玄関の扉を開けた。
加賀美は自分の顔にコンプレックスを抱いているんだろう。普通にイケメンだと思うが何がそんなに気に食わないのか。モテないのが辛いのだろうか。よく分からない。
リビングに行くと案の定、兄貴が女といた。鍵を開けなくても空いてる日はほぼ確実に兄貴が女を連れ込んでいるのだ。今日は、まだ致していないだけマシだ。
「おー、おかえり」
兄貴はへらっと笑って手を上げた。いつもの光景だったがいつもと違うのは、その女の人が兄貴にベタベタくっついていないことだ。彼女は友達のように兄貴と笑い合っていた。
「新しい女?」
そう聞くと兄貴は「いやー?」と曖昧な顔になった。
「何回もヤッてるけど友達」
「本当の意味でのセフレじゃない? あたしたち」
「そーそー。普段はフツーに友達だけどお互い相手が見つからなかったらヤる、みたいな」
……兄貴の貞操観念は正直、見習いたくない。
「てか誠人、その子誰?」
「弟」
「うっそ、あんたの弟こんなに地味なの? ウケる」
「そいつわざとそんな格好してるだけ。俺とおんなじくらいイケメンだよ」
「マジ? 君、ちょっと顔見せて」
別に今日しか会わないかもしれないような彼女に隠す必要もないので、俺は言われた通り眼鏡をとって髪をかきあげてみせた。すると彼女は驚いたように「へー……」と俺をまじまじと見つめた。
「確かにあんたとおんなじくらいかっこいいわ……え、逆にこんだけ地味なのイイかもしれない。むしろ好き。……ちょっと君、名前なんて言うの?」
兄貴を見た。すると兄貴は、面白そうににやにやして俺を見ていた。兄貴は口を挟む気がないらしい。
「平太です」
「平太君? へえー。あ、あたしは佳奈ね」
彼女は俺をじろじろと眺めた。
正直面倒だからさっさと立ち去りたい。兄貴が連れてくるだけあって相当可愛い人だったが、あまり興味が湧かない。
「えー結構好きかもー。平太君経験ある?」
「いや……」
「嘘つけ。俺よりは少ないけどかなりあるだろ?」
「チッ、何で言うんだよ」
「やば、この見た目で経験めっちゃあるの? それすごいイイかもしれない」
彼女はそう言うと、ね、と艶っぽい笑顔を見せた。
「君さ、年上に興味ない?」
――その時強気に断れなかったのはもしかすると、先輩が小深山先輩と仲良さそうに帰っている姿を見たことと、付き合っている噂を聞いたことに関係しているのかもしれない。
「てかどしたの? お前佳奈と最後までヤらなかったみたいだけど」
兄貴は夕飯に作った味噌汁を一口飲んで、思い出したように聞いた。
「中折れした。こんなの初めてなんだけどなー……」
話がそれなりに楽しかったので盛り上がって、その流れで気付いたら誘われて、その誘いに乗って――そこまではよかった。
けれど途中で、何の前触れもなく先輩の顔が浮かんだのだ。そしたら自分でも驚くくらい一気に萎えて、何をやっても駄目で、続けられなくなった。
『気になる子でもいるの? それで萎えちゃった?』
彼女にはそう冗談めかした言い方で言われた。気になる子――そう言われて浮かんだのは先輩だったが、そんなことあるはすがない。先輩には、少し付き合わされているだけだ。
しかしそう言われて、今日の屋上でのことも思い出した。先輩の潤んだ瞳、背中に回された手、うるさく鳴る心臓――あの時電話がなければ、俺はあのまま抱いていた。それに安心して、それからがっかりして、自分の不可解な気持ちに頭を悩ませた。
「中折れ? 珍しいね、佳奈に萎えた?」
「そうじゃなくて、それとは違う理由だと思う」
「ふーん。疲れてるんじゃね? 高校上がってからあんま経ってないし」
兄貴はそれだけ答えて、夕飯に戻った。
俺も違うことに意識を向けて、先輩を忘れようとした。けれど頭の中では「気になる子」という言葉がグルグルと頭の中を巡り続けていた。
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