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1そしてプロローグに至る
あれから、数週間経った。
あの日以降も何度か、小深山先輩が電話をかけてきてそれで帰って、ということが続いたせいか、前園先輩の家に呼ばれるようになった。
先輩の親は資産家だという話は聞いていたけれど、あんなに広い家だとは思わなかった。俺の両親も、家を買った頃はどちらもエリートだったそうで、家は割と広いのだ。
だが先輩の家は漫画の世界かと思うような家で、鍵がタッチパネル式だった。
その時点でかなりビビってしまったのに、家の中まですごかった。とにかく広いし家具がすべて高価そうだった。
最初は家の中に入るだけでガチガチに緊張してしまっていたが、人はすごいと思う。今じゃ、それなりに慣れた。
通された先輩の部屋の中も広い。広い上に家具が高価そう。少しソファーに座るのを躊躇ってしまうくらいだ。
だがなんというか――広すぎる。先輩は片親で一人っ子、しかも家事はたった一人家政婦を雇っているだけ。そして父親は仕事のせいでほとんどいない。
一人といっても家政婦がいるなんて俺には考えられないが、この家の広さにしては一人は少なすぎるんじゃないかと思う。その理由はどうやら、父親があまり大勢を雇いたがらないからだそうだ。
だから、少し寒々しい印象を受けるのだ。広すぎて綺麗すぎる割には、人が少ない。少し寂しい印象すら抱く。
家も寂しいし、学校でも先輩は少し寂しそうだ。
二人の時以外で見かける先輩は、クールで完璧超人で、とても話しかけ難い。だけどしばらく一緒に過ごすうちに、それが素じゃないことが分かってきた。
俺といる時の先輩は、わりとにこにこしてるし、すぐ顔を赤くするし、大抵の言うことは聞いてくれる。単なる言葉責めのレパートリーとしてじゃなく、本当に犬みたいだ。それが演技だとはどうしても思えない。だから多分素だ。
けれど、それは普段のイメージとは真逆だからなかなか素を出せないんだろうなと思う。それこそ、付き合っているらしい小深山先輩にすら晒せないくらい。
――自分の立場はわきまえているつもりだ。俺は、性癖が合致しただけのセフレ。
だからプレイ以外のことは努めて口を出さないようにしているし、小深山先輩と付き合っていようが何だろうが俺には関係ない。
だからこんな、素がどうだなんて気にしない方がいいのに。暇さえあれば悶々と考え込んでしまう。そして『俺はどうでもいい存在だから素を出せる』という結論に毎回達しては、どうしてか落ち込む。
なんで落ち込むのかは、考えたくなかった。
それから、先輩は思った以上にエロい。これは真剣な問題だ。だって、先輩がエロすぎて他の人とじゃ全然足りない。
ていうかまた中折れした。正直かなりショックを受けた。先輩と出会う前はそんなヘマしたことなかったのに。
そんななのに『本番』はしていない。なぜなら、やったら終わりだと俺が思っているから。
本番をしていないのにこんなに頭がいっぱいになるのに、してしまったらどうなる? きっと、本当に他の人とできなくなる。どうせ先輩とはただのセフレなんだから、そこまで執着するのは健全じゃない。
「……何か飲み物でも取ってくる。待ってろ」
「あ、ありがとうございます」
そんなことをぼうっと考えていると、不意に先輩が立ち上がり、部屋を出た。
「……エロ本とか隠してないのかな」
エロ本の隠し場所といえばベッドの下だ。部屋の主のいない今ならちょっと覗いてもバレない。馬鹿らしいとは思うが、先輩がいないと暇なのだ。性癖は知っているが、それとこれとは別だ。
手を伸ばすと、がさ、と紙袋に手が触れた。そっと引き寄せて、ちょっとわくわくしながら中身を確認してみると――
「う、わ」
――大人の玩具が大量に入っていた。
本当に色々入っている。バイブ、ローター、ディルド、エネマグラ、その他。こんなに揃えるもの? と疑問に思ってしまうくらいたくさん。
これをいつも使っているのか、と思うと……ちょっとクるものがある。さすがにここまで多いと、引くが。
「……明塚?」
声に気づいて後ろを向くと、そこには顔を真っ赤にした先輩が立っていた。
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