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7そしてプロローグに至る
駅の改札前まで送っていくと、菫さんは「ありがとね」と笑った。
「いいよ。お互い様だから」
笑い返すと、そだね、と菫さんは答えた。
きちんと手入れしてある黒髪ロングに控えめなようでしっかり流行りを抑えたメイク。さらりと香るシャンプーのような匂いに野暮ったいラインとチャラいラインの境目を見極めた制服のスカート丈。
全身で『清楚な可愛い女の子』を表現している菫さんは可愛い。
いっそのことこういう人と付き合っちゃえばなんとなく楽しいんだろうな、なんて考えちゃった俺はたぶん、思ったより弱ってる。
「平太くん、あたしさ」
菫さんは改札に向かおうとして、くるりと向きを変え、「帰りたくないなぁ」なんて急に俺に抱きついてきた。
これくらいで動揺するようなやわな感性してないんだよな、なんて少し苦笑しながら「じゃあ、帰したくない」なんて乗ってみた。すると菫さんはやだぁなんて笑った後、上目遣いで「ドキドキした?」なんて聞いてきた。
「別に、慣れてるからなんとも」
「あはは、そっかー。平太くんやっぱ超手強い」
菫さんはそう言った後、俺からぱっと離れて「じゃあね」と小さく手を振った。その手の振り方まで計算済みなんだろうな、なんて思いながら手を振り返して、菫さんの姿が見えなくなるまで見送った。
菫さんが去った後もなんとなくシャンプーのような匂いが残っている気がした。たぶんそこまで計算済みだ。菫さんはそういう人だから。
帰るかなぁ、なんてひとりごちて、踵を返したその時、視線を感じた。少し辺りを見回すと、先輩がこっちを見ていることに気づいた。
「あれ、先輩? どうしたんですか」
菫さんとのデートを満喫した後よりも、一人でいる先輩を見かけた時の方がずっと分かりやすく心臓が高鳴った。……恋だな。確かにこれは、紛れもない恋だろう。
先輩は気づかれたのに狼狽えたあと、言い訳のようにつぶやいた。
「いや、その……駅の方にちょっと用事があって、それで……明塚みたいな人を見かけたから、ちょっと、気になって」
「そうなんですか。もうとっくに家だと思ってました」
なんにせよ、嬉しかった。あからさまにテンションが上がってしまいそうなのを、頑張って抑えた。
「家まで送って行きましょうか、俺」
思わず提案すると、えっ、と小さく声を上げて、先輩は少し期待を込めたように尋ねた。
「……いいのか?」
ずるいんだよなぁ、と俺は思った。その行動一つ一つが、まるで俺に気があるように見えるから。
――気がないなら、情事中以外は冷たく接してくれればいいのに。そんな恨み言は心の奥底にしまった。
「いいですよ。先輩の家、駅からそんなに遠くないですよね?」
先輩は頷くと、嬉しそうになった。にこにこしてるし、足取りが軽い。
しかし先輩は、歩き始めてすぐに足取りを重くした。何か考え込んでいるようだ。俺が黙っていると、先輩はやがて恐々と聞いた。
「明塚、その……今の人は、彼女か……?」
いやいや全然、と答えようとしたが、俺は思い直して「……内緒です」と答えた。
……バカみたいだな、俺。こんなことで嫉妬してもらえるはずがないのに。こんなことで気を引こうとするなんて。言ってから後悔した。
「そ、……そうか」
先輩は声を途切らせ、そして小さく呟くと黙り込んだ。その横顔が悲しそうに見えたのは、俺の都合がいい勘違いだ。
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