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8そしてプロローグに至る

 二人きりのこういう時に「先輩こそ、小深山先輩と付き合ってるんですか」なんて聞ければよかったんだろうか。でもわざわざ傷つきにいくのは嫌だった。  だから俺も結局、同じように黙った。そして黙ったまま、しばらく歩き続けた。  二人でしばらく黙って歩いたのち、突然、先輩が呟いた。 「……明塚って、かっこいいよな」  俺が聞き返すと、先輩はハッとして赤くなった。 「あ、ああいや、そのっ……ただ、髪型変えて眼鏡外すだけでそこまで印象変わるのに、どうして学校ではあんなに……ええと」 「ダサい?」 「そう、ダサいのかな、って……というか、自分でダサいのを分かってるのか」  驚いた様子の先輩に、俺は肩をすくめた。 「そりゃそうですよ。自分史上最高にダサい格好をわざとしてますから」 「えぇ……ど、どうして」 「――目立ちたくないんですよ。目立ちたくないし、モテたくもない。だからわざわざこうやってダサい格好して、共学じゃなくて男子校来てるんです」  ふっと中学の頃を思い出して、俺は顔をしかめた。悪いことしかなかった訳じゃないけど、面倒事があまりにも多すぎた。もうあんな思いはごめんだ。 「……どうしてかは、聞かない方がいいのか」  気を遣わせたのが申し訳なくて、俺は茶化すように言った。 「大したことじゃないですよ。ただまあ、モテすぎて困っちゃうーみたいな?」  驚いたように先輩が目を瞬いているので「なんてね、それはさすがにふざけましたけど」と誤魔化した。 「先輩こそすっごいモテそうですけど。かっこいいし、頭も運動神経も育ちも良いし、完璧ですよね」  先輩は「そ、そんなこと……」と赤くなった。こんなこと、あの学園の誰もが思っているだろうに。勘違いさせるような反応はやめてほしい。 「……そういえば、明塚は家どこなんだ?」  まるで見計らったのかと思うようなタイミングで急に尋ねてきた。俺はすぐ近くの青い屋根の家を指差した。 「あれです」  まさかそういう返答が返ってくるとは思わなかったのか、驚いたように先輩は家を見た。「へえ……」と明るい調子で先輩が呟く。そして、はたと気づいたように言った。 「家、あそこなら俺はここまででいいから。じゃあ」 「待ってください、送るって言ったじゃないですか」 「でも……遅くなると悪いだろ」 「大丈夫です、兄貴は……やっぱりだ、今日帰ってこないらしいので」  スマホの電源をつけてみると、案の定兄貴から『今日帰らないから適当に夕飯食っといて』と連絡が入っていた。『飯作ってから女のとこ行けよクソ兄貴』と送って、俺はポケットにそれをしまった。  相変わらず兄貴は笑っちゃうほど外泊が多い。たぶん、兄貴と二人で夕飯を食べた回数より、兄貴が外泊して俺が一人で夕飯を食べた回数の方がずっと多いだろう。今更なんとも思わないが。 「……だけど、親は心配するんじゃないか?」 「親? ああ、どうせ何年か帰ってきてないので大丈夫です」  何気なく答えたが、先輩が絶句したのを見て、やらかしたと悟った。慌てて「あー……ごめんなさい、忘れてください」と言ったが、先輩は神妙な顔つきで謝った。 「……俺こそすまん。嫌なことを聞いて」 「いや、俺は全然いいんですけど、反応困りますよね。……先輩の父親はどんな人ですか?」  話を変えようと俺は努めて明るい声色で言った。そしたら先輩は、露骨に苦い顔になった。……もしかして、地雷を踏んでしまったんだろうか。 「……俺の父親はものすごく厳しい人なんだ。間違ったことは言わないが正論を叩きつけてくるから、こっちが何も言えなくなる。……嫌いじゃないが、苦手だ」  その苦々しい声を聞いて俺は、そういう親がいるから何でもできて、いつもクールなのかな、なんて思った。  ――ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、羨ましいと思った。その気持ちを俺はおくびにも出さず「怖いですね」なんて笑った。  先輩の家の前に着いた。じゃあまた、と家に帰ろうとする先輩を見て、俺はふと、帰り際の菫さんを思い出した。  ――帰りたくないなぁ、なんて言ったら先輩はどう反応するんだろう。  考えかけて、やめた。どう考えても引くか、そうじゃなくても困惑する。だって俺と先輩は、家に泊まれるほどの仲じゃない。  小深山先輩の家には泊まるのかな。そんなことが頭の中に浮かんだ。幼馴染だからそれくらいはするか。それは嫌だ――なんて、バカみたいだな、俺。  そう自嘲気味に心の中でつぶやく。一般的な幼馴染はよく分からないけど、俺にとって幼馴染っていうのは家族より家族みたいなものだ。積み重ねてきた時間も、思い出も、想いも、何もかも敵うはずがない。 「……明塚?」  先輩が不審そうに俺を見る。ああちょっと考え事してました、じゃあまた明日――物分かりのいいことを言おうとしたのに、俺の腕は先輩を引き寄せていた。 「明塚、何をっ――」  俺のすぐ近くで狼狽えたように、そして恥ずかしそうに顔を赤くする先輩を見ていたら、衝動が抑えきれなくなった。気づけば、俺は先輩にキスしていた。

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