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2永遠の片思い
その二週間は、父さんのことを避け続けた。もちろん別れるつもりは全くなくて、平太にそう言われたことすら告げていなかったから、気まずかったのだ。
そうこうして二週間が過ぎたその日の朝、父さんは「真空」と呼びかけてきた。俺はその場に立ち竦むことしかできなかった。次に来る言葉は『ちゃんと別れただろうな?』だろうと思っていたから。だが、父さんの言葉は予想を裏切った。
「明塚平太……だったか、そいつを今日家に連れてこい」
俺は言葉を失った。何をするつもりなのか見当がつかなくて、返事が返せなかった。
「……どうして」
何とか絞り出すと、父さんは僅かに表情を変えた。どうしてか、少し苦々しい表情だった。
「お前とそいつと俺の三人で話がしたい」
何を言っていいのか分からなかったが、有無を言わせぬ口調で「大至急、連れてこい」と言われた俺は、頷くことしかできなかった。
部屋に駆け戻った俺は、すぐさま平太に電話をかけた。電話は思っていたよりすぐ繋がった。
『真空さーん? 朝早くからどうしました?』
間延びしたような声が聞こえた。もしかして寝起きか、と思ったが、後ろで微かに何かを焼いている音が聞こえる。朝食を作っていたんだろうか。
「今日暇か?」
『えっ、いきなりどうしました? 俺はいつでも暇ですけど……真空さんが勉強で忙しいんじゃ』
「そうじゃなくて。大変なことになった。……俺の父親が、今日平太を家に連れてこい、三人で話がしたい、って」
『は?』
そう短く言うと、しばらく黙り込んだ。ジュージューと何かが焼ける音だけが聞こえる。しばらく待っていると、狼狽えたような声がした。
『さ、三人で話って……えっと、つまりそれって……え? 付き合ってるのバレたんですか?』
「……すまん。本当は二週間前にバレて別れろって言われていた」
電話の向こうで平太は絶句した。再び声を出したのは、数分後だっただろうか。
『今日、ですか。分かりました。真空さんの家に今すぐ向かった方がいいですか? それとも昼過ぎくらいの方がいいですか?』
「多分、今すぐの方がいい」
『……わ、分かりました。とりあえず朝ご飯を食べて着替えないといけないので、着くのはちょっと遅くなります』
そう言ってくれた平太に安堵しつつも、俺は一つのことが気がかりだった。
「……なぁ、それはそうと、何か焼いてたんじゃないのか?」
『え? ……うわっ! 目玉焼き焦げてる! 何だこれ、フライパンから離れない! どうしようこれ……あ、すみません大丈夫です、何とかしておくので。じゃあまた後で。……うわぁ、超久々にやらかした……』
目玉焼きの行く末が少し不安になりつつも、俺は電話を切って、部屋で待つことにした。
再び電話がかかってきたのは、思っていたよりも早かった。
『真空さん? もう着いたんですけど、家の前にいればいいですか?』
「ちょっと待ってくれ、今行くから」
言いながら部屋を出て、リビングにいる父さんに「平太が来たから、迎えに行ってくる」と告げて、玄関に向かった。
「すみません、遅くなって」
ドアを開けると、平太が硬い表情で待っていた。平太らしくない地味な服装で、髪の毛もほぼストレートのままでセットをしていなかった。驚くほどに大人しい格好だった。
俺の視線を感じたのか、平太はこう答えた。
「軽い男だって思われたら終わりかなと思ったので」
「……父さんは平太の素性を調べあげてたぞ」
「うっそ……」平太はしばらく絶句すると、恐る恐る問いかけた。「家庭環境とかも、ですか?」
頷くと、平太は「詰んだ……これ絶対詰んだわ……」と空を仰いだ。それからしばらくして俺に向き直り、よし、と声を上げた。
「できる最大限の努力はしてみます」
俺と平太を見ると父さんは「座りなさい」と顎で促した。こういう時の父さんはオーラが凄まじい。絶対的な支配者、とでも言うべきのオーラだ。大の大人でもこういう時の父さんを前にすると身が竦むのだそうだから、平太は相当怖いと思う。だけど平太は俺に続いて「はい」と、背筋を凛と伸ばして座った。
父さんは腕を組み替えて、口火を切った。
「まず俺はお前らの関係に反対している。理由は言わなくても分かるな?」
父さんは鋭い眼光を平太に放った。しかし平太は毅然とした態度を崩すことなく、答えた。
「彼には許嫁がいるから。それから男同士だから。あとは俺の育ちが悪いから。ですよね?」
感情を一切挟まず淡々と答える平太に、驚いた。父さんはうじうじした人間、弱気な人間、芯のない人間が虫唾が走るほど嫌いだ。だから、平太のこういう態度はむしろ好印象だと思う。案の定父さんは「ほう?」と少し意外そうに眉を上げた。
「よく分かっているじゃないか。そこまで分かっているのに身を引かない理由は何だ?」
「好きだからです」
間髪を入れずに、まっすぐに父さんを見て言う平太。
「どこがだ。顔か? 金か? ステータスか?」
わざと下世話な質問を投げかけ、相手の反応を見ようとしているんだろう。思わず口を挟みたくなったが、平太は眉ひとつ動かさずに「いえ」とかぶりを振った。
「人柄です」
「ほう。というと?」
「何でもできる完璧なところや動じない冷静なところももちろん好きです。ですが俺は、頼ることが苦手な彼も、案外無邪気な彼も好きです」
虚をつかれたのか、父さんは一瞬だけ視線を揺らした。俺と話していた時は、そんなことは一度もなかったのに。
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